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2023.01.01

データを磨き、100年先のリスクをもとに意思決定の枠組みを考える(上)|山崎大

#メコン川 #「未然課題」連続インタビュープロジェクト #全球陸域水動態 #洪水予測 #高解像度地形データ

「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#06 山崎 大

東京大学生産技術研究所 准教授|グローバル水文学/全球陸域水動態

グローバル水文学という地球上の水の循環を研究する山崎大先生の研究室には、山崎先生が使うワークステーションと300TBのハードディスク、学生と議論するためのデスクが置かれ、見た目は簡素なオフィスという雰囲気です。
しかし、そのサーバの中では地球がまるごと再現され、大陸河川の水の流れや地球環境との相互作用の解明、洪水予測やさらには温暖化予測実験まで行っているそうです。
山崎先生にこれまで開発した全球河川モデル、磨き上げた地形データや地図データ、それらを世界にオープンにすることで生まれたさまざまな研究分野との連携、これまでの研究を社会システムにつなげるなかで生じるであろう未然課題についてうかがいました。

地球規模で川の流れを研究する

私は地球規模での水循環を扱うグローバル水文学という分野で、地球上のどこにどれだけの水があるか、その水がどのように移動しているかを研究しています。下図はアメリカ地質調査所(U.S. Geological Survey)がまとめた地球上の水の流れです。

地球水循環の概念図 Credit: Hayley Corson-Dosch/USGS VizLab

地球規模の視点で考えれば、海から蒸発した水は大気を流れ、雨となり、陸上に降った雨が地面にしみ込んだのち、川に流れこんで、それが溢れたり地下に戻ったりしながら、再び海へと戻っていきます。私はこの水循環が地球環境、気候、生態系、さらに人間社会とどう相互作用するかに興味をもちながら、特に全球陸域水動態というテーマで、より詳しく研究しています。
全球というのは「地球まるごと1個を対象に」という意味で、全ての陸域の水動態、すなわち河川や湖沼、湿地などの陸水がどのように流れているかを解明する研究分野です。
水の流れそのものだけではなく、水とともに陸域を移動するさまざま物質、例えば水の中に溶けている二酸化炭素や湿地から排出されるメタンガス、窒素やリンなどの栄養源などが水とともにどのように流れ、地球環境といかに相互作用するかを解明することが、私の仕事の1つです。
さらにもう1つ大切な点は、この水動態つまり川の流れと人間社会がどのように関わっていくかということです。これについて、人間との接点として現れる洪水リスクを考えるという研究もしています。

コンピュータ上に再現された地球規模の実験場

手法としては、コンピュータ上に地球をまるごと再現し、そこでの水の流れを詳細に計算して、さらにそれを衛星観測と突き合わせ、時空間的に連続した水の流れを捉えるということを行っています。
具体的には、気象予測の情報、地形や地理情報を組み合わせ、それを物理の方程式の集まったコンピュータモデルである全球陸域水動態モデルに投じます。すると、水がどこをどのように流れるかという情報が出てきますので、それを応用し、洪水予測や水資源評価、さらには温暖化予測実験なども行います。
つまりこのコンピュータモデルは単なるプログラムではなく、実験装置でもあります。グローバル水文学では地球そのものを扱うため、実物を対象にしたいわゆる実験室実験ができません。そのため、コンピュータの中で地球を再現し、例えばある条件が変わった時に、水動態がどのように変化し、それが社会や地球環境とどのように相互作用するのかなどを予測します。
一例として、アメリカのミシガン州立大学との共同研究で、メコン川本流沿いに建設されようとしているたくさんのダムが、下流のメコンデルタの複雑な水の流れにどのような影響を及ぼすかをシミュレーションするという実験を行いました。
それにより、かなり大きな影響が示唆されたのですが、このように現地で実際に行うことができない実験をコンピュータ上で行うことで、どうすれば開発と環境の問題を両立できるか議論することができます。
またもう1つの典型的な例として、地球温暖化実験があります。地球の温暖化が進んだ際、洪水がどうなるかを実際に見るには、タイムマシンに乗って行くしかありません。しかしコンピュータシミュレーションを使うことで、100年後の洪水がどこでより頻繁に起こるか、あるいは起きにくくなるかなどを議論できるようになります。

山崎大氏

複雑な大陸河川の流れを計算するグローバルで汎用的なモデルの開発に挑む

私はもともと地球環境を扱うような研究をしたいと考え、水循環を扱う研究グループに参加しました。そこで川のモデリングが難しいということを知り、難易度の高いことに挑戦したいと思ってこの研究を始めました。
簡単にできることより、チャレンジングなことの方にやりがいを感じますし、できた時の達成感が大きいので、常にこれまでできたことより、一歩先のものをやることを意識しています。
なぜ、地球全体を対象にしているのかとよく聞かれますが、それは地球のどの場所でも普遍的に有効な陸域の水動態を説明するモデルを提案したいと考えているからです。またもう1つの理由として、水動態だけでなく、それが地球環境や気候システムとどう相互に作用するか関係性を知りたいということもあります。
グローバルで汎用的なモデルをつくることの面白さかつ難しさは、まず前述の通り、地球の水の流れは、気候や地質地形、あるいは堤防やダムのような人間活動など、さまざまなものの影響を受けることにあります。
ある河川の管理という具体的な目標がある場合は、その河川でうまく解析できるモデルを作ればよいですが、ある地域で精度が良かったモデルが、他の地域でも適切であるかどうかわかりません。
そこで、何をどのように考慮すれば、地球上どこでも使える陸域水動態モデルを作れるのか、そのことを解明したいと思いました。
ただ、陸域の水動態は、複数の空間スケールを横断する複雑でモデル化が難しい現象です。例えばアマゾン川は本流沿いだけで3000~4000キロメートルあります。この流域すべてで降った雨を考える必要がある一方で、水の流れというのは数メートルのスケールの地形に規定されます。
このマクロとミクロの両方を同時に考え、大陸河川の流れを数値シミュレーションすることは、地球水循環研究にとって長年の課題でした。この問題を解決するため、私は全球河川水動態モデル「CaMa-Flood」というものを開発しました。

将棋の桂馬にヒントを得た全球河川モデル

これは、グローバル水文学の第一人者で、私の師匠でもある沖大幹先生が1990年代に開発した全球河川モデル「TRIP」をステップアップしたものです。TRIPは大陸河川の流れのエッセンスを表現する概念的なモデルで、例えば河川の流速は平均的に秒速0.5メートルなどと近似して計算するというアプローチで、地球規模の河川計算を実現しました。
「CaMa-Flood」はその次世代モデルとして、全球を対象に、実際の河川に対応した物理の方程式、つまり浅水波方程式で河川の流速を地球規模で計算する初めてのモデルとなります。また水位の変動の結果として、周辺の地形に水がどのように広がるかというところまでシミュレーションできるため、洪水リスク評価にも使いやすいということで、現在、世界の200以上の研究機関などで使っていただいています。
「CaMa-Flood」の「CaMa」はケイマと読み、実は修士課程で将棋の桂馬に着想を得たことが開発のきっかけとなりました。
全球の水の流れを解析するためには、前述の通り、マクロとミクロの両方を考える必要があります。まず、個々の河川流域というミクロでは、100メートル四方の高解像度のグリッド(マス目)で詳細な水動態を記述することが可能です。しかし地球規模となると、その方法は現実的ではありません。
全球モデルでは10~50キロメートル四方の低解像度のスケールで表現する必要があり、さらに、個々の河川モデルの100メートル四方のグリッドが、10キロメートル四方のグリッドのどこに位置するか、あるいは逆に10キロメートル四方のグリッドの中のどこに、もとの100メートル四方のグリッドがあるかを対応付ける技術が必要です。
前者はすでに研究されていましたが、後者の、低解像から高解像度の情報を取り出す方法がありませんでした。
川というのは連続的に下流に向かって流れます。ですから川が1本の場合は、10キロメートルから100メートルのグリッドに変換した場合でも、川が流れる方向の隣のグリッドに、順番に対応付けていけば問題ありません。将棋でいうと、川が流れる方向の隣のマス目に駒を進めていくイメージです(図1)。
しかし例えば同じマス目にAとBの2本の川があった場合、どちらの川のことかわからなくなってしまいます。それを回避するため、従来の方法では、川AとBを便宜的にそれぞれ別の隣のマス目に進め、同じマスに重ならないようにしていました(図2)。ただ、これではコンピュータ上で川の流れを変えてしまうことになり、実際の川の状況とは異なります。
そこで、思いついたのが、桂馬の駒の進め方でした。将棋では通常、隣のマスに駒に進めますが、桂馬は隣を飛び越えて、1つ先のマスに進むことができます。これを応用し、AもBも流れの方向に向かって、Aは隣のマス、Bはそれを飛び越えたもう1つ先のマスというふうに対応させることで、実際の河川のどの部分を計算しているかの対応関係を自動的に求めることができるようになりました(図3)。
これにより、10~50キロメートルの粗い解像度で計算しても、100メートルスケールの細かい地域のリスクを解析することができ、洪水予測の精度とスピードが大きく向上しました。また、洪水予測を含む高精度・高効率の河川シミュレーションができるようになったことで、多様な応用研究の実現にもつながりました。

図1(左)高解像度の実際の水の流れ(赤線)と低解像度の河川ネットワーク(青線)。川B の水の流れが、A2から隣のB3へ割り当てられたことで(青色マーク部分)、川Aに合流してしまっている。
図2(中央)手動で修正された河川ネットワーク図。従来は手動で割り当てを修正していたが、実際の川の流れ(赤線)とは異なる。
図3(右)「CaMa-Flood」では桂馬の動きをヒントとして、D3→B5(青マーク部分)のようにマスを飛ばして割り当てることで、上記の問題を解決した。

世界最先端の高解像度地形データをつくる

ただ、全球の河川モデルができても、そこに投入する地球規模の精密なデータがなければ、正しい結果は得られません。当初、使っていたNASAのSRTM(スペースシャトル立体地形データ)という標高データ、つまり地形のデータは精度が十分ではなく、技術的な制約などから誤差も多くありました。
誤差があるというのは、地形が間違っているという意味ですので、その間違った地形のまま洪水の計算をすると、当然、洪水の結果も間違ってしまいます。
そこでこの地形の誤差をなおすことが、データを「磨く」研究の出発点となりました。
具体的には課題が主に2つあり、1つは計測のメカニズムの過程で生じるノイズをどう消去するかということ、もう1つはビルや森林などがあると、地表ではなく、それらを標高として計測してしまうという問題をどう解決するかということでした。
洪水というのは地形に沿って高いところから低いところに広がるわけですが、その勾配は1キロメートル進んで数センチメートル程度です。洪水の計算ではこの数センチメートルが非常に重要で、高さ1メートルでも、とてつもなく大きな誤差となります。
このような課題を解決するために、衛星観測情報や世界各地の自治体が持つデータなどあらゆるデータを集め、複数の誤差成分を自動で取り除くプログラムを開発しました。
このビックデータ処理技術によって、誤差を分離除去した高精度標高データ「MERIT DEM」はGoogle Earth Engineや世界の各研究機関などにも提供し、水文学以外でも、生態学や考古学などたくさんの研究分野で活用していただいています。
この他にも、衛星水面データから河川の幅を世界で初めて自動計算した地図データなど、全球河川モデルに必要な形でデータを整備しています。
さらにそれらを公開し各研究機関に配布することで、洪水予測、気候・気象予測、生態系や生物多様性など、多くの分野の研究者と連携して研究を進めていきたいと考えています。

(2022年12月2日 東京大学生産技術研究所 山崎研究室において 取材・構成:田中奈美)

データを磨き、100年先のリスクをもとに意思決定の枠組みを考える(下)」に続く

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