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2024.02.05

宇宙ロボットのインテリジェンスを研究する(上)|久保田孝

©JAXA/TansaX

#「未然課題」連続インタビュープロジェクト #宇宙ロボット #無人探査機 #はやぶさプロジェクト #宇宙大航海時代

「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#17 久保田 孝

JAXA宇宙科学研究所教授・東京大学大学院工学系研究科教授・東京大学生産技術研究所客員教授|宇宙人工知能・ロボティクス

久保田孝氏はJAXA宇宙科学研究所で「はやぶさプロジェクト」に構想の段階から関わり、航法誘導を担当、「はやぶさ2プロジェクト」ではスポークスマンを担当しました。また東京大学の教員を兼任し宇宙ロボットの自動化・自律化を研究しています。
久保田氏の研究室で開発した探査ロボット「MINERVA-Ⅱ」は「はやぶさ2プロジェクト」で小惑星リュウグウに降り、小惑星表面を世界で初めてホッピング移動に成功し、さまざまな画像データを送りました。久保田氏に宇宙ロボットのインテリジェンスの研究、これからの宇宙開発や宇宙分野での未然課題についてうかがいました。

1990年代から宇宙ロボットの研究に取り組む

月・惑星・小惑星などの探査において、探査機が安全・確実に着陸し、表面の広範囲の探査を行うためには、探査機に高度なインテリジェンスが要求されます。当研究室はJAXA宇宙科学研究所(ISAS)にあり、未知環境である月や惑星表面を、無人探査ロボットが自律的に探査を行うための研究を進めています。
宇宙科学研究所の前身は東京大学に設立された宇宙航空研究所で、1981年に文部省宇宙科学研究所となり、その後2003年の統合によりJAXAの組織となった後も大学共同利用機関として機能が残りました。このため、私を含む宇宙研の教員の半分は東京大学に委嘱されているという少し特殊な状況です。
私は東京大学の電気工学専攻の出身で、学生時代は知能ロボットの領域でCCDカメラによる障害物回避などの研究をしていました。ロボットを作りたいということもありましたが、ロボットの頭脳や手足の機能を考えることは、人間を知ることにもつながるのではないかと考えていました。画像に基づくロボットの行動計画に関する研究をしていたことから、博士号取得後は富士通研究所に就職し、自動運転のための画像処理の研究に従事しました。
富士通研究所で2年ほど働いた頃、宇宙研の先生から「小惑星探査や火星探査のプロジェクトでロボットの自動化・自律化を研究するので来てほしい」と声をかけていただきました。そして宇宙研に移ったのが1993年のことです。以来、探査ロボットのインテリジェンス、自動化・自律化の研究に取り組んでいます。

宇宙では「よりよいこと」はしてはいけない

実は宇宙においては、昔から「自動化・自律化は信用できない、地上からコマンドを送ってできることをわざわざ自動化する必要はない」と考えられてきました。これは今もあまり変わりません。でもそれは当然のことなのです。
宇宙でよく言われるのは「よりよいことはしてはいけない」ということです。ミッションを達成するためには、最低限必要で信頼性の高いものをやることが重要です。大先輩の先生方は過去にいろいろな失敗を経験し、そのことを身に染みて知っています。
若い頃は、私もそうでしたが、機能を増やすなど、よりよいことをしたくなります。しかし、機能を増やせばそのための試験に時間がかかりますし、バグを見つけることも難しくなります。ですから宇宙において、信頼性を高めるにはシンプルであることが一番よいのです。これは約30年の経験から学んだことです。
一方で、ロボットが自律的に環境を認識し、行動できれば活動範囲はさらに拡大します。また宇宙では通信時間の遅れがあり、通信回線も細く、環境情報は限られるため、ロボットの知能化が必要です。そこで、私の研究室ではロボットの行動計画やロボットビジョンによる惑星環境理解、人工知能の搭載と学習による知的探査などを研究テーマとしています。

「はやぶさ」プロジェクトでの航法誘導

宇宙ロボットの自動化・自律化が認識されるようになったのは、2003年に打ち上げられた「はやぶさ」のミッションからではないかと思います。「はやぶさ」 プロジェクトは地球から約3億km離れた直径500mほどの小惑星イトカワから地表サンプルを採取し地球に持ち帰るというミッションでした。私は構想から加わり、「はやぶさ」が小惑星に降りてサンプルを取るまでの航法誘導を担当しました。
重力がほとんどない小惑星に探査機が降りてサンプルを採るというのは、NASAでも行われていない世界で初めての試みでした。「はやぶさ」には、遠くに行って帰ってくる電気推進技術、小さい天体に行き、安全確実にタッチダウンする人工知能・航法誘導技術、サンプルを採取する自動化技術、サンプルを地球に持って帰るリエントリ技術などさまざまな新技術が搭載されました。
特に地球からのリアルタイムの遠隔操作が不可能な状況で、ミッションを成立するためには自律機能とロボティクスが必要でした。ただ、上述のように、自律性を高めようとすると機能が複雑になり、検証のための時間やコストもかかります。限られた時間やリソースのなかで、信頼性を確保し、いかに巧みに自律化技術を組み込むかが問われました 。

「はやぶさ」の小惑星タッチダウンを実現した技術

一番難しかったのは、自転する小惑星に探査機を降ろす方法です。地面が動いていると、降りた瞬間に、力を受けてひっくりかえってしまいます。私はもともと画像認識を専門としていたので、画像を使って地面の動く速度を検出することを考えました。しかし、地面がなめらかで模様がなければ画像処理はできません。
いろいろなアイデアを模索するなかで、目印となるターゲットマーカをイトカワ表面に落とし、その誘導で探査機が自律的に着陸するという方法を考えました。しかしイトカワは重力がほとんどなく、目印を落とすだけではやはり跳ね返って飛んで行ってしまいます。落ちたら表面にぴたっとくっつくような方法はないか、みんなでさまざまな知恵を出し合い、最終的にお手玉をヒントにしたアイデアに決まりました。さらにその形状、中に入れるものの材質や量なども試行錯誤を繰り返しました。
もう1つ大変だったことは、ターゲットマーカを小惑星表面に落とす方法です。発射装置をつけると重量が重くなりますし、速度に誤差が出ます。
結局、一番確実な方法として、ターゲットマーカを「はやぶさ」にワイヤで固定しておき、一緒に小惑星まで降りていくというシンプルな方法を取りました。近づいたところでワイヤを切って、「はやぶさ」だけジェットを吹いてブレーキをかけると、ターゲットマーカは自動的に「はやぶさ」から離れ、小惑星表面に落ちていきます。ただ方向と速さを厳密に設定する必要があり、この点もかなり工夫しました。

久保田孝氏

重力の小さな天体を探索するロボットの移動メカニズム

この「はやぶさ」プロジェクトでは、サンプル採取とは別に、小惑星の表面移動探査というオプションのミッションがあり、探査ローバ「MINERVA(ミネルバ)」の研究開発も行いました。ローバというのは天体表面を移動しながら直接観測する惑星探査ロボットです。
米国NASAや中国も、月と火星に探査ローバを送り込んでいます。これらは車輪で移動するタイプなのですが、前述の通り、小惑星には重力がほとんどありません。重力が小さい天体表面では、車輪型ロボットは動こうとすると浮いてしまい、進まないことがシミュレーションからわかりました。
そこで、我々は微小重力環境での移動メカニズムを学問的に追求したいと考えました。いろいろな専門家と議論し、地面を蹴るやり方や小さいスラスタ(推進器)で飛ぶ方法などのアイデアが出ました。
大きな課題は、小惑星の重力が実際どの程度かは行ってみないとわからないことです。ごくわずかなのか、比較的大きいのかによっても移動方法は全く異なります。ほとんど重力がないと、スラスタを使った場合、飛んで行ってしまうかもしれませんし、地面がどうなっているかもわからないため、蹴るという方法も確実ではありませんでした。
そして考えた方法がモーターを内蔵し、それが回転することで摩擦を利用しホッピングするという移動メカニズムでした。これは学生のアイデアなのですが、さかのぼると1980年代、旧ソ連が、重力の非常に小さいフォボスという火星の衛星を探査するロボットを開発した際、バネでジャンプする方式を取り入れています。ただ、この探査ロボットは分離直後から音信不通になり、実際にはミッションを達成できませんでした。

探査ローバ「MINERVA(ミネルバ)」(左)とホッピングメカニズム(右)© JAXA/ISAS

世界で初めて小惑星に降りた探査ロボット

実は「はやぶさ」プロジェクトで探査ローバの投下は残念ながら成功しませんでした。計画では高度30メートル程度で自動的に落とす予定だったのですが、途中でいろいろ変更があり、時間も限られていたので、私が手動で判断して落とすことになりました。
通信時間に遅れがあるため、コマンドを出したあと、実際に探査機から分離されるのは15分後です。つまり15分後を予測してコマンドを出すのですが、小惑星の大きさは直径500m程度です。そこへ人間の指示で投下するというのはやはり非常に困難で、「MINERVA」はイトカワに降りることができませんでした。
このときの経験を糧に、「はやぶさ2」プロジェクトでは、探査機が自律的に分離高度を判断し、初代「MINERVA」を改良した「MINERVA-Ⅱ(ミネルバツー)」を分離し、小惑星リュウグウに落とすことに成功しました。そして、「MINERVA-Ⅱ」は世界で初めて小惑星に降りた探査ロボットとなりました。
この「MINERVA-Ⅱ」は初代同様、ホッピングする移動メカニズムを持ち、状況を判断しながら自律的にリュウグウの表面を移動することができます。また、撮影した写真を自律的に取捨選択し、きれいに撮れたものだけ送るという機能も搭載していました。
こうして「MINERVA-Ⅱ」は表面画像の撮影、環境情報の取得にも成功し、リュウグウ表層の物理状態の解明に貢献しました。

探査ローバ「MINERVA-Ⅱ」(左)と「MINERVA-Ⅱ」がホッピングしながら撮影したリュウグウ表面写真(右)©JAXA/ISAS

宇宙と地上のロボット開発の違い

ロボット開発で考慮すべき宇宙と地上の物理的な違いは、まず重力と空気の有無です。天体によっては火星のように少しは大気 があるところもありますが、大気の全くない真空の場所で一番問題となるのは「熱」です。
空気があると対流が起きるので、機器内部のコンピュータは発熱しても熱が逃げ、それほど高温にはなりません。しかし空気がないと、どんどん温度が上がり続け、ハンダが溶けるほどの高温となります。
このため、基本的には電力の消費量を減らし、温度が上がらないような省エネ設計にする必要があります。それに加え、伝導で熱を逃がすという方法があります。宇宙船や人工衛星は太陽が当たっているところは熱いのですが、逆に太陽が当たっていないところは非常に寒いです。この温度差を利用し、熱いところと寒いところを繋げれば熱が高温の場所から低温の場所に流れ、熱伝導で温度を下げることができます。
あるいは放射を利用するという方法もあります。月の場合、太陽の方向は熱いですが、そうでない方向の宇宙は冷えています。放熱板を機器につなげ、太陽の方向でない方に向けると熱を逃がすことができます。このように伝導と放射で対応するというのが現在の一般的な熱制御方法です。
上述の「MINERVA-Ⅱ」はリュウグウの表面温度が最高100℃になるということだったので、午前に活動、内部温度が80℃で活動を休止し昼寝、夕方温度が下がったら活動、夜間はしっかり寝て、朝、太陽が昇って発電できたら再び活動するという設計にしました。
また、真空では液体は蒸発してなくなってしまうので、モーターに使う油は液体のかわりに固体潤滑剤という低摩擦の固体物質を入れています。さらに宇宙放射線の問題もあり、使用できる材料や材質も限られます。
このような環境の違いのほか、修理ができないことや上述の通信時間の遅れやGPSが使えないなどインフラの問題などもあります。電力はNASAの場合、原子力電池を使っていることもありますが、基本的は太陽のエネルギーしかありません。
ただ、こうしたさまざまな違いはあるものの、実はロボット技術という点では、地上の技術を応用することができます。実際、「MINERVA」や「MINERVA-Ⅱ」の部品のほとんどは民生品など地上でよく使われているものです。また、宇宙空間でやり直しがきかないという制約もありますが、これは製品を世に出すとき、不具合品が許されないのと同様です。

(2023年4月12日 JAXA宇宙科学研究所久保田研究室において 取材・構成:田中奈美)

宇宙ロボットのインテリジェンスを研究する(下)」に続く

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