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2024.02.05

宇宙ロボットのインテリジェンスを研究する(下)|久保田孝

©JAXA/TansaX

#「未然課題」連続インタビュープロジェクト #宇宙ロボット #無人探査機 #はやぶさプロジェクト #宇宙大航海時代

「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#17 久保田 孝

JAXA宇宙科学研究所教授・東京大学大学院工学系研究科教授・東京大学生産技術研究所客員教授|宇宙人工知能・ロボティクス

久保田孝氏はJAXA宇宙科学研究所で「はやぶさプロジェクト」に構想の段階から関わり、航法誘導を担当、「はやぶさ2プロジェクト」ではスポークスマンを担当しました。また東京大学の教員を兼任し宇宙ロボットの自動化・自律化を研究しています。
久保田氏の研究室で開発した探査ロボット「MINERVA-Ⅱ」は「はやぶさ2プロジェクト」で小惑星リュウグウに降り、小惑星表面を世界で初めてホッピング移動に成功し、さまざまな画像データを送りました。久保田氏に宇宙ロボットのインテリジェンスの研究、これからの宇宙開発や宇宙分野での未然課題についてうかがいました。
前編に引き続き、後編をお届けします。<前編:https://oec.iis.u-tokyo.ac.jp/topics/164/

宇宙ロボットの自動化・自律化の現状と未来

前編で「はやぶさプロジェクト」「はやぶさ2プロジェクト」の自律化技術の一部を紹介しましたが、現状においては、宇宙ロボットの自動化・自律化はあまり進んでいません。もともとロボットは決められた環境で、決められたことをやることが得意で、人間より速く低コストでできるというメリットがあります。一方、宇宙というのは未知の環境です。それにどう対処するかという点が、突破口の1つになると考えています。
この「どう対処するか」というのは、つまりロボットのインテリジェンスの部分です。例えば私の研究室では、「科学者であればこんな岩石を見つけて調べる」という発見の過程を、どのようにロボットにさせるかというテーマの研究をしています。また、人工知能を搭載し、自分で考えて動くことができ、困った時には状況を分析した上でどうするかを相談してくれるようなロボットの研究も行っています。
最近はエンケラドスという土星の衛星にも興味をもっています。氷でできた天体なのですが内部には水があり、生命がいる可能性が高いと言われています。NASAがたくさん写真を撮って調べているものの、数十㎞以上の厚さの氷に覆われていて、内部の水を調べることは簡単ではありません。ただ、間欠泉のようにガスが噴き出しているところがいくつもあり、そこに入っていく蛇型やモグラ型のようなロボットの研究もしています。
このようなロボットが実現すれば、宇宙空間だけでなく、地球上の人間が入れないような環境にも応用することができるでしょう。例えば火山活動が活発化している場所を観測するとき、ドローンというのは1つの方法です。しかし火山灰が噴出していると空中からでは観測が難しいかもしれません。また、救援に行くには、現場に入れるロボットが必要です。レスキューロボットについては、さまざまな分野で研究されていますが、宇宙分野でのやり方を応用するという発想があるのではないかと考えています。

研究室で開発中の探査ローバ@ JAXA/ISAS。段差で前輪が浮いてしまうのを防ぐために、前を二輪、後ろを三輪にし、前の車輪が段差を乗り越えようとするとシーソーのように後ろの車輪が下がるサスペンション機能を搭載。火山活動が起きた際の観測ロボットとしてフィールド実験し、さらに月面での走行も想定している。

民間との共同開発でイノベーションを起こす

現在、月を探査している日本のロボットの1つは、タカラトミーと同志社大学、SONY、JAXAが共同開発した「SORA-Q(ソラキュー)」という超小型の変形型月面ロボットがあります。直径約8cm、重さ250gの超小型のボールのような形状ですが、月面ではパカッっと開き、バタフライやクロールのような動きで走行し、月面の探索をします。2023年9月7日に打ち上げられた小型月着陸実証機「SLIM」に搭載され、2024年1月20日に月面に降り、移動探査に成功しました。SORA-Q が撮影した月面のSLIM着陸機の写真は、世の中に大きなインパクトを与えました。
これは私がJAXAの宇宙探査イノベーションハブでハブ長をしていたときに始めた試みの成果の1つです。当時、民間の技術を月や火星のような重力がある天体の探査に活かせないかと考え、2015年からJSTの支援を得てスタートしました。
SORA-Qの開発のきっかけ は、タカラトミーの方から「宇宙とおもちゃ業界は似ているところがある」という話を聞いたことでした。宇宙は実際に行ってみないと、どんなことが起こるかわかりません。おもちゃも同様で、子どもがどんな使い方をするかわからないそうです。そのため、安全で簡単に壊れないもの、かつ魅力的なものを作る必要があるという話でした。
玩具は単三電池やボタン電池1個などシンプルかつ省エネで動くことが求められています。また、二輪や四輪の動くおもちゃでもモーターが1つで自在に動くような工夫をしているという話をうかがいました。この発想は宇宙探査ロボットも同じです。意気投合し「今後、月に行くので探査ロボット作りませんか」と、公募に参加していただきました。こうして完成したのがSORA-Qです。
これは家庭用のおもちゃとしても販売されました。カメラ撮像や通信機能が搭載されていて、子供の相手やペットの見守りなどいろいろなことに使えます。SORA-Qはボール型に小さくなって探査機に搭載され、月面に降りたら自動的に開いて、二輪走行でいろいろな方向に進みながら画像を撮影するトランスフォーマー型の面白いアイデア満載のロボットです。
他にもさまざまな企業と共同開発を行っています。例えばソニーコンピュータサイエンス研究所とは、長距離空間大容量データ通信を目的とした「SOLISS」を共同開発しました。この「SOLISS」にはソニーが持つ非常に高度な光ディスクの制御技術が活かされています。
これまで宇宙産業は「お金がかかるわりに、ロケットはいつ上がるかわからないし、儲からない」と思われがちでした。しかし、宇宙の課題と地上の技術をうまく組み合わせ、地上でのビジネス展開を宇宙ビジネスにつなげていくことができれば、現状を変えていくことができると考えています。

久保田研究室の実験室。月や惑星表面を模擬して、珪砂という砂地で覆われており、月や惑星表面での走行を再現することが可能。また岩盤や岩石、斜面などがあり、様々な状況を想定した実験を行うこともできる。

宇宙の技術を地上に応用

改めて今の時代について考えると、これから先に何が起こるかを予測し、新しいことを開拓していくことが重要ではないかと感じています。情報はかつて、テレビや新聞から受動的に受け取るものでした。しかし今はインターネットにアクセスすれば誰でも自分から情報を得ることができます。そこから何が起こるかを予測し、ビジネスチャンスにつなげこともできます。
宇宙分野も同様で、国主導で行っていた時代から、今は民間がどんどん参入できるようになりました。情報は入手しやすくなり、やり方さえわかれば民間でも宇宙ミッションに挑戦できることが増え、ベンチャー企業も入ってきています。
将来的には月面探査も民間が行う時代が来ると私は考えています。その時代に備え、これからのJAXAの役割も考えようという議論もしています。こうしたなか、宇宙分野で行うことを地上に応用していくことも、重要な課題ではないかと感じています。
前述の通り、宇宙では行ったことのない未知の環境に行くことになります。そこで蓄積したノウハウは地上の火山地域や海底など、人が入れない場所にも応用できるはずです。あるいは工事現場や農業分野の人手不足など社会問題の解決に、宇宙ロボットを役立てることもできるかもしれません。宇宙ロボットの知能化という切り口で、単に賢いロボットを作るだけでなく、応用範囲を広げ、自動化・自律化の研究を深めていきたいと考えています。

宇宙大航海時代への挑戦

さらに世界に目を向けると、現在はまさに「宇宙大航海時代」といえます。欧米・中国をはじめ、インド、韓国など世界各国で月惑星探査を計画しています。特に米国は月面に人を送り込むアルテミス計画を推進しています。これには各国が協力していますが、有人飛行や物資補給、インフラ構築などにおいて、肝心要の技術はNASAが握っており、その他をどこの国がどの部分を分担するかは競争です。
宇宙探査イノベーションハブの前ハブ長の國中均氏(現宇宙研所長)の声がけで、大航海時代の歴史に学ぼうという試みがありました。宇宙工学者だけでなく、宗教や文化人類学などいろいろな分野の専門家にも話を聞き、その議論をまとめた『宇宙大航海時代:「発見の時代」に探る、宇宙進出への羅針盤』という本が出版されました。
このとき改めて、かつての大航海時代に学ぶことが多いと感じました。未知の場所に行くときに知っておくべきこと、危険があるなかでモチベーションを維持する方法、さらにさまざまな国との協調についてもヒントになることはたくさんありました。
私は、宇宙大航海時代のテクノロジーにおいても、キーとなるのは「ロボティクス・人工知能」だと考えています。月惑星探査でも惑星表面の探査技術、拠点構築・運用・保守、有人活動支援技術など、さまざまな面で自動化・自律化技術が必要となります。
一例を挙げると、月面に人が住むためには拠点となるインフラが必要ですが、具体的な建設方法はまだ考えられていません。一般に未知環境で建物を作るときは、まず地面を平らにしようと考えます。でも逆に、どんなに傾斜していても自動的に傾きをなおせるような家を開発するという発想もあるのではないでしょうか。これはさらに、被災地に自動で避難所を設置するという地上の技術にもつながります。

宇宙探査に必要なゲームチェンジ

最後に未然課題を挙げると、それは宇宙探査にゲームチェンジが必要だということです。近年、宇宙探査のミッションは要求のレベルが高く、大型化、長期化しています。しかし、もはや国の機関だけで行えるものではなく、地上の民間技術をいかに取り入れるかということが大きな課題となっています。私は、宇宙探査のやり方自体を、大きく変える時期に来ているのではないかと考えています。
具体的には大型・長期・高コストミッションという一点豪華主義から、小型・短期・低コストミッションという分散協調型への転換です。協調は日本が得意なところでもあるので、「1+1=3」になるような量から質への変換を起こしたいという思いがあります。
開発手法に関しても、宇宙分野では従来、最初にすべてしっかり計画し仕様通りに各行程をきれいにつくるウォーターフロント型で開発が行われていました。しかしミッションが大きくなり、時間もコストもかかるなかで、すべてをきれいにきっちりやろうとすると、1つの失敗の影響が大きくなります。
このため、最近はできるところからやったほうがよいという発想に変わりつつあり、アジャイル開発が宇宙分野にも取り入れられるようになりました。アジャイル開発とはできたところから試験をしながら新しいものを作っていくという手法で、もともとソフトウェア開発の分野で行われていたものです。
ただ、ゲームチェンジのうえで、一番大きな技術課題は通信とエネルギーです。通信時間の遅れはしかたありませんが、一度に送れる容量が増え、通信トラブルを減らすことができるようになれば、ベースとなる技術が変わるでしょう。
エネルギーについても、今はほぼ太陽電池に依存していますが、宇宙において安全なエネルギーをうまく作ることができるようになれば、宇宙分野全体が変わっていくかもしれませんし、地上への波及効果も絶大です。
このような変化を促す背景には、地上のさまざまな変化もあります。それは技術の革新だけではありません。新型コロナウィルスのパンデミックを経て、我々の生活スタイル自体が変わったように、社会や時代が大きく転換しつつあります。そのなかで、宇宙開発のあり様も変わっていく必要があると感じています。
ただ、このとき重要なことは、世の中の変化に流されないことです。本質を見極め、信念を持って取り組んでいくことが、これからますます必要となるのではないかと考えています。

久保田研究室:https://robotics.isas.jaxa.jp/kubota_lab/ja/index.html

(2023年4月12日 JAXA宇宙科学研究所久保田研究室において 取材・構成:田中奈美)

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