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2023.01.21
30年後を見据え、これから先の課題として解いていくべきテーマを探す(下)|中埜良昭
「未然課題」連続インタビュープロジェクト
インタビュー#07 中埜 良昭
東京大学生産技術研究所 教授/オープンエンジニアリングセンター センター長|耐震工学
オープンエンジニアリングセンター(OEC)のセンター長で、2012~2015年に生産技術研究所の所長を務めた中埜良昭先生は、OECのテーマである未然課題の提言者のひとりでもあります。
中埜先生の長年にわたる耐震工学の研究から、目に見える課題、見えていても解けない課題、そして未曽有の災害から国を回復するために考えるべき未然課題についてうかがいました。前編に引き続き、後編をお届けします。
<前編:https://oec.iis.u-tokyo.ac.jp/topics/330/>
一歩引いた立場から俯瞰することで見えてくる未然課題
私の普段の研究では、目に見える課題に取り組みがちで、未然課題からは少し離れているところがあります。でもだからこそ、このオープンエンジニアリングセンターで何か面白いことできないかとも思っています。
目の前の課題も面白いのですが、これから先の社会について考えたとき、「今は見えていないけれど、将来こういうことについて解決が必要になるだろう」という課題は重要です。これを未然課題と定義しました。
しかし、未然課題は今に始まったものではありません。かつても、「今後これが、絶対に大事になる」という課題を、さまざまな苦労しながら見つけていたはずです。しかし今は以前より未然課題が見えにくくなっているのではないかという気がしています。
それは1つに研究分野が細分化されているためです。自分のやりたいことを突き詰めてやるというのは面白いですから、どんどんそちらの方へ行ってしまいがちです。そうするとおそらくどこかで袋小路に突き当たるのですが、すでに奥まで入りこんでしまっていると、戻り方もわからないでしょう。
それぞれの分野でとがった研究をするということは大切ですが、一歩引いた立場で違う分野も見ながら、俯瞰的に物事を考えていかなければ、未然課題は見えてこないのではないかと思います。
軸をもち30年後を見据える
また、もう1つの問題として、現在はさまざまなことが複雑に絡み合いすぎているということもあります。すでにスパゲッティ状態になっているものがたくさんあり、その状態から、「もとはこんな乾麺だった」ということはなかなかなかなか分かりにくいものです。
特に調理され、皿に盛られたものを近視眼的に眺めて食べているだけでは、本質はなかなか見えません。ですから、もう少し俯瞰的に見るということをしたほうが、いろいろな新しいチャレンジングなテーマを見つけられるのではないかと考えています。
もちろん、すぐ解決しなければいけない課題というのも重要で、すぐに役に立つ技術もとても大切なのですが、すぐに役に立つというのは、一般的にはすぐに陳腐化して役に立たなくなるということでもあります。
そうするとやはり、ロングランで研究すべきことにも取り組んでいかなければなりません。ショートタイムのものばかり追いかけていると、それはある種のファッションを追いかけるようなもので、それらをつぎはぎしているうちに、結局、おかしなところに行ってしまうということもあり得るでしょう。
1本の長い棒のような軸をしっかり持ち、それを常にリファレンスするということが求められます。そういう意味でも、3年後のテーマではなく、30年後を見据えて、これから課題として解いていくべきテーマを、苦しみかつ楽しみながら探すということを、研究の一環として考える必要があるのではないかと思います。
レジリエントな社会を示す指標の研究
例えば最近、「レジリエントな社会」ということがよく言われます。これは災害などの危機に際し、短期間で回復できる社会を意味します。しかし、「レジリエントである」という概念はあっても、レジリエントの程度を示す指標はまだ何もありません。これについてはぜひ研究を進めるべきだと考えています。
建物一つとっても、AとBのどちらがよりレジリエントか、つまり被害を受けてもすぐに使えるようになるか、それにこたえられるような統一された指標はありません。さらに1つの建物だけがレジリエントであってもあまり意味はなく、社会全体がレジデントである必要があります。
その場合、個別の建物の性能評価もさることながら、建物群、あるいは都市全体で考えるということが必要になってきます。建物は問題なくても、建物と建物をつなぐ配管は大丈夫か、電気はつながっているか、道路は問題ないかなどということも考えなくてはなりません。
つまり、災害が起こった際にもとの機能に戻りやすいという機能を、あるピンポイントではなく、面的に備えていなければなりません。
これらを評価するためには、従来の建物性能の評価とは異なる軸が必要になるでしょう。おそらく1つの指標ではだめで、いろいろな軸の物差しがあり、それを総合的に評価した際に、例えば球状に多次元で表現した指標値の体積が大きいほどレジリエントであると評価するというようなイメージになるかもしれません。
また、指標化だけではなく、動的なネットワークとして考え、それが不安定になってくるとレジリエントさが失われつつある状況だとするというようなことを、数学的なモデルでも表現できないかと考えています。
数学的ネットワークを都市の回復評価に応用する
実はこれは、計数工学の先生からうかがった話が発想のきっかけとなりました。人間の体をある種の数学的なネットワークで表し、ネットワークが不安定になる時は、まだ病気ではないけれど、病気になりつつある未病の概念に通じるものがあることが分かりつつあり、それがある種のがんのマーカーに使えるということでした。
これは電力ネットワークで考えるとわかりやすく、例えばあるネットワークが不安定になるとブラックアウトが起きるということにも使えるそうです。
このような方法を都市にも適応すると、災害が起こった際に、非常に不安定な方向に行きつつあることを知ることができるようになります。また、外乱をネットワークに、人工的に与えたとき、不安定なところからの回復はどちらの都市がはやいか、その理由は何かを調べることで、回復の遅かった都市のレジリエントの改善にも応用することができます。
大災害からの回復をバックアップする科学的ツールを持つ意義
オープンエンジニアリングセンターの設立にあたって、南海トラフ地震のような大きな災害が起きたとき、国全体としてどのように被害を防ぐか、あるいは回復していくかということは、とても大事なテーマでした。
一例として、東海地方には日本の基幹産業である自動車産業があります。これが巨大な災害で大きな被害を受けたとき、日本の基幹産業を回復していくためには、自動車産業だけでなく、生活に関わる産業など、周辺の産業も合わせて回復していかなければなりません。
そうしたとき、声の大きいところだけが回復していくというのはおそらく最適解ではないでしょう。しかし、科学的なバックアップがなければ、声が大きいところ、つまり政治力が大きいところが勝ります。
本来は、正しくエビデンスに基づいて、物事を決めていくべきですが、そのような手立ては今のところありません。ですから、理論的にエビデンスにもとづいて、多方の利害を仲裁するようなシステムをつくることも非常に重要だと考えていますし、今後はそのような話も出てくるのではないでしょうか。
ただ、さまざまな利害関係があるなかで火中の栗を拾いにいくようなものですから、あまりやりたがる人はいないでしょう。おそらくこれから顕在化する問題の一つであろうと、みんな何となく気がついてはいるものの、誰も触れたくない課題でもあり、解決方法もまだありません。
そこで上述のレジリエントな社会の評価方法のような科学的ツールを武器として持てないかと考えたわけです。
究極は問題が起きたときには解決している未然課題の先取り
以上は私が考える未然課題の一例ですが、生産技術研究所として、ロングランで議論できるようなテーマをいくつか見つけることができれば、それ自体が前述の大きな軸となりますし、研究所にとっても、日本にとってもよいことではないかと思います。
さらにもう1つ、今、すでにある地域で起きていることが、別の地域の将来の課題になるということもよくあります。そのようなものに対して、もしあらかじめ事例をつくり、解決方法を見いだしておけば、たとえ異なる地域でも、それ用にアレンジして適用することによって、その地域での未然課題はかなり早期に解決するかもしれません。
これはさらに、海外の未然課題の解決にもつながります。例えば日本で開発した耐震補強の技術をカスタマイズすることで、現地での技術開発を数年で行うことができました。このように日本でのソリューションが、例えば10年後、他の国のソリューションになるという波及効果も生まれます。
ですから、テーマを先取りして、いろいろ課題を見つけてパイオニアになることはとても大切です。先例がないので難しいですが、その分、人にとやかく言われないということもあるかもしれません。
結局、研究は先にやった者の勝ちです。究極は未然課題を先に見つけ、実際に問題が生じたときにはすでに解決しているという状態です。そういうことができれば面白いのではないかと考えています。
中埜研究室:http://sismo.iis.u-tokyo.ac.jp/
(2022年11月22日 東京大学生産技術研究所 中埜研究室において 取材・構成:田中奈美)