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2023.02.09
自由な発想で生まれる多様な電池と電池資源の未来を担う産学連携プロジェクト(下)|八木俊介
「未然課題」連続インタビュープロジェクト
インタビュー#08 八木 俊介
東京大学生産技術研究所 准教授|エネルギー貯蔵材料工学
「どんなものにでも電気を蓄えられる」という発想で電池研究を行う八木俊介先生は、現在、リチウムイオン電池に使用される元素資源開発とリサイクルに関する産学連携研究のリーディングも行っているそうです。
八木先生に、電気自動車の普及などにより注目されているリチウムイオン電池や、自由な発想で生まれる様々な電池の研究、そして未来を担う産学連携プロジェクトについてうかがいました。前編に引き続き、後編をお届けします。
<前編:https://oec.iis.u-tokyo.ac.jp/topics/350/>
自由な発想で電池を考える
世界で初めて電池が作られたのは1800年頃のことでした。それは銅と亜鉛の間に塩水を染み込ませた布や紙を置き、さらに、起電力を大きくするためにそれらを重ねたものでした。作った人の名前からボルタ電堆(電池)と呼ばれています。
私の実験室でもこのボルタ電池を簡易的に作ってみました。1枚のコピー紙の上に銅板と亜鉛板を並べた後、その間に塩水をたらし、8つのセルを直列繋ぎにしてLEDを繋げるとLEDが光ります。
コピー紙と金属と塩水だけでも、電気エネルギーを生み出すことができるわけです。この実験は安全で簡単にできるので、高校や中学での出張授業でも生徒の皆さんと一緒に行っています。
このように、2つの異なる酸化還元反応が進行する物質の組み合わせで電池ができるわけですから、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウムなどのアルカリ金属、アルカリ土類金属、あるいは身近な鉄、銅、亜鉛、アルミニウム、マイナスの電荷をもつハロゲン化物イオンなど、ありとあらゆるものを使って電池を作ることが可能です。
実際、世界中で、そのような柔軟な発想で、様々な電池が提案され研究されています。しかし、市場を見渡せば、リチウムイオン電池やニッケル水素電池、鉛蓄電池、
それはなぜかというと、1つはエネルギー密度の高さ、それから急速充放電が可能なこと、さらに繰り返し充放電しても劣化しにくい性質を持っていたり、コストの面に優れているなどの特徴があるからです。
これらの条件下で、第一軍というのはおのずと決まります。しかし、第二軍、第三軍、第四軍、さらには補欠のようなものも含めれば、実に多様な発想を展開することができます。それが、サイエンスとして非常に面白いところです。
体内のブドウ糖を燃料とした電池
例えば体内のグルコースつまりブドウ糖を燃料としたブドウ糖燃料電池の研究があります。体内のブドウ糖と空気中の酸素を反応させて発電すると0.6ボルト程度の電圧を発生させることができます。
リチウムイオン電池が3.7ボルトですから、それと比べると6分の1程度と低く、結果的にエネルギー密度も低くなります。しかし、この電池の良いところはブドウ糖と酸素さえあれば、充電しなくても半永久的に動き続けるというところです。
一例をあげると、ペースメーカーは非常に長持ちするリチウムヨウ素電池が使われていますが、それでもいつかは電池交換が必要です。
一方、ブドウ糖燃料電池であれば、電池交換の必要はありません。ただ、医師の話では体にとって異物となるものは問題を起こすことが多く、実用化まではなかなか難しいのではないかということでした。しかしこのような発想によって、充電の必要がない電池ができる可能性があります。
亜鉛と酸素で電池を作る
また、亜鉛金属と酸素を反応させて電気を作る研究もしています。酸素極で還元反応が、亜鉛極で酸化反応が起きる電池で、1つのセルで1.5ボルト程度、2つで3ボルトほどの電圧を出すことができます。このような機構の電池を金属空気電池といいます。亜鉛金属を使っているので、より厳密には亜鉛空気電池です。
この電池の良い点は正極の材料(活物質)は、電池の外にある空気中の酸素であることです。このしくみによって、電池の体積または質量あたりのエネルギー、つまりエネルギー密度を高めることができますし、小型化も可能です。ただし、充電が難しいというデメリットもあります。
また、酸素の反応は複雑で遅い反応であるため、酸素の酸化還元反応を速める触媒の研究も行っています。酸素の酸化還元反応は金属空気電池に限らず、燃料電池や再生可能エネルギーを使った水の電気分解、電解製錬などを担う、極めて重要な反応です。
そこで、ありふれた元素で、酸素の電気化学反応を促進させる高性能な触媒を実現するということも、研究テーマの1つとしています。
高性能な電池がもたらす世界のパラダイムシフト
現行のリチウムイオン電池よりも大きなエネルギー密度の電池を作りたいという想いは、電池研究者の誰もが持っているはずです。しかしリチウムイオン電池の研究も進み、理論的に達成できるエネルギー密度に近づきつつあります。したがって、リチウムイオン電池だけを研究していても、それ以上のエネルギー密度を達成することはできません。
電池は、大きな変化が起こりにくい分野だと思います。このような分野において、リチウムイオン電池の発明は極めて画期的で、だからこそノーベル化学賞が授与されたのです。リチウムイオン電池がなければ、現在皆さんが使用しているスマホは発明されていなかったか、もっと大きかったり、別の形になっていたりしたかもしれません。
電池の進歩は他の分野に比べて遅いということもよく言われます。情報通信技術や人工知能などの進歩に比べると、電池は何年たっても、エネルギー密度が数十%上がる程度で、とても地味に思えます(数十%の増加は電池研究者からしたらかなり凄いことなのですが)。
もし今後、リチウムイオン電池とは全く違うメカニズムで、エネルギー密度やパワー密度、サイクル特性の向上やコストの大幅な削減が可能となれば、その他の領域に大きなパラダイムシフトを引き起こすかもしれません。
それは全固体電池なのかもしれませんし、マグネシウムイオンやナトリウムイオンをキャリアに用いた電池かもしれません。あるいは未だ誰も思いついていない電池なのかもしれません。従来の発想に縛られることなく、あらゆる可能性を検討していきたいと考えています。
産業ニーズと科学への挑戦のバランスを考える
全固体電池というのはリチウムイオン電池の液体の電解質を固体にした電池です。これにより安全性やリチウムイオンの輸率が大きく向上し、コンパクトにもなってエネルギー密度の大幅な増大が見込める非常に革新的な技術です。
電池研究の最先端を走っていた日本は、国をあげて研究と開発に注力し、現在でも技術力ではトップを走っています。一方で、液体電解質を使ったリチウムイオン電池の技術についても日本が先陣を切っていたのですが、いつの間にか中国や韓国、アメリカに追いつかれ、現在では、技術はともかくとして、市場シェアだけを見れば遅れを取っている状況となってしまいました。
特に中国は、国のサポートが手厚く、赤字でも経営が継続でき、まず市場を大きくしてシェアを確保するということが可能です。しかし、日本では儲からなければ、研究を続けることが難しく、体力のない会社は淘汰されてしまいます。
電池の研究領域は、産業に直結するところがあります。たとえエネルギー密度を大きくできても、1 kWhあたり100万円の電池ではビジネスとしては成り立たず、せめて数万円以下にしなければなりません。研究を行う上でも、そのようなことを考える必要があります。
ただそれと同時に、科学として可能性が少しでもあるのだとすれば、たとえ“今は”1 kWhあたり100万円の電池でもやはり研究するべきだと私は思います。特に大学では利益とは無関係に研究を続けることができますから、自由な発想で革新的なアイデアの可能性をとことん追求することが大切だと感じています。
未然課題は資源の問題
では、未然課題にはどのようなものがあるかと考えたとき、その1つとして、資源の問題が挙げられるのではないでしょうか。
現在、日本では電池を作るための材料を輸入しています。そのため、輸入できなくなる可能性も想定しておく必要があります。コバルトがわかりやすい一例です。コバルトの最大産出国はコンゴ民主共和国で、その後のコバルト地金の生産のほとんどは中国が担っています。もし紛争や摩擦が起こるなどしてコバルトが手に入らなくなれば、コバルトを正極活物質に使ったリチウムイオン電池は作ることができなくなるでしょう。
このような背景から、コバルトを極力減らした正極活物質が開発されていますが、その代わりとしてニッケルが多量に使われるようになりました。ニッケルの産出は、ニューカレドニア、フィリピン、インドネシア、ロシア、カナダ、オーストラリアなどいくつかのルートがありますが、それらをすべて使っても、電気自動車の爆発的な普及を支えるために必要な生産量が、追いつかなくなりつつあります。
余談ですが、ニッケル鉱石には大きく分けて硫化鉱と酸化鉱があり、赤道に近いところからは酸化鉱が産出し、赤道から離れたところでは硫化鉱が産出されます。一般的に、酸化鉱は硫化鉱に比べ品位の低い(ニッケル含有量の低い)ものが多いですが、ニッケルの需要の高まりと価格の高騰から、酸化鉱の中でもかなり品位の低い酸化鉱まで、精錬資源として取り扱われることが増えているようです。
電池の資源・リサイクルの産学連携研究をリーディングする
こうした背景もあって、最近、新たなプロジェクトを始動させました。それは電池に使われている元素資源の開発とリサイクルに関する産学連携研究です。
東大生産技術研究所と、プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社(PPES)、パナソニックエナジー株式会社、豊田通商株式会社が連携し、車載用リチウムイオン電池に使用されている元素のリサイクルと資源開発のための技術を開発するプロジェクトで、2022年1月に記者会見を行いました(東京大学生産技術研究所HP|https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3760/)。
PPESはトヨタ自動車株式会社とパナソニックホールディングス株式会社の合弁会社で、車載用電池の開発から販売まで行っています。また、豊田通商株式会社はトヨタグループの総合商社で、電池を含むサプライチェーンを持っています。
この産学連携のミッションの1つは、重要元素であるニッケルの確保、具体的には低コスト化で低CO2排出の革新的な精錬・リサイクルプロセスを開発することです。
従来の主なニッケルの用途はステンレス材への添加で、つまり鉄を錆びないようにすることでした。しかし、電池向けのニッケルの使用量が年々多くなってきているので、ステンレス用途向けに最適化されたニッケルの製造方法を、電池向けに最適化された製造方法に変えることにより、さらにコストやCO2の排出量を削減できる可能性があります。
私は、このプロジェクトの大学側のリーディング的な役割を担っています。リチウムイオン電池の性能の向上やメカニズムを研究する優れた研究者は多いのですが、電池を作るための資源や元素を、いかに低いコストでCO2を排出せずにリサイクルしたり、確保したりするかについて研究している大学の研究者は少数です。
本プロジェクトの私以外の大学側主要メンバーは、レアメタル・リサイクルの専門家の本所所長岡部徹教授、住友金属鉱山株式会社で技術統括をされてきた黒川晴正特任教授、LCA(ライフサイクルアセスメント)の専門家の醍醐市朗准教授、MITで長年革新電池の研究をしていた新進気鋭の大内隆成講師で、連携企業の皆様と日々議論を重ねています。
環境問題への取り組みとしてもさることながら、これは日本の産業や資源・エネルギーセキュリティの観点からも極めて重要な課題です。使命感を強く持ち、産学が一体となって懸命に取り組んでいるところです。
八木研究室:https://www.yagi.iis.u-tokyo.ac.jp/
(2023年1月6日 東京大学生産技術研究所 八木研究室において 取材・構成:田中奈美)