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「未然課題」連続インタビュープロジェクト
インタビュー#20 岩船 由美子
東京大学生産技術研究所 教授|エネルギーデマンド工学
エネルギーシステムの課題について、従来は主に供給する側から考えらえれてきました。こうしたなか、岩船由美子氏は一貫して電気を使う側の視点に立ち、特に家庭部門に着目した省エネや需要の調整について、詳細なデータをもとに研究を行ってきました。
2050年のカーボンニュートラルに向けて、電気を使う側ができることは何か、そこにいかなる未然課題があるか、岩船氏に研究の概要をうかがいました。
家庭部門に注目した需要調整の研究
日本のエネルギー政策の基本に「3E+S」が掲げられています。3Eは「供給安定(Energy Security)」「経済性(Economic Efficiency)」「環境性(Environment)」、Sは「安全性(Safety)」の頭文字です。
これを構築するために、以前は電力の供給側の努力だけで何とかしようとしてきました。しかし私は、需要は所与の条件ではなく、電気の使用時間や使用量を変えるなど、需要側にもできることがあるのではないかと考えています。
特に東日本大震災のあと、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの大規模な導入が政策的に進められましたが、再生可能エネルギーは導入するだけでは不十分です。例えば天気が非常によい日にお湯を沸かしたり、電気自動車を充電したりするなど、需要側の調整が必要となります。
つまり再生可能エネルギーの出力変動にあわせて需要が変わることができれば、経済的で環境にやさしいエネルギーシステムが構築できるのです。このように、電気を使う需要家(消費者)側のデマンドレスポンス(DR、需要調整)が求められています。
そこで、私はこれまで一貫して需要側の視点にフォーカスした研究を行ってきました。特に家庭部門に注目し、省エネとDRの可能性を検討しています。
地道な実測を重ね詳細なデータを蓄積した経験
「再生可能エネルギー」という言葉が言われ始めたのは、私が学生のころでした。当時私は、北海道大学電気工学科で電力系の研究室に所属していました。修士修了後は三菱総合研究所で5年間働いたのち、東京大学の山地憲治先生の研究室をご紹介いただいて博士課程へ進みました。
博士課程では、エネルギーシステムの環境性、経済性などマクロな視点でモデル評価を行う一方で、家や建物の電力消費などミクロな視点で詳細なモデルを作成し、再生エネルギーで供給した場合のシミュレーションについて博士論文にまとめました。
その後一度、大学を離れ、株式会社住環境計画研究所に入社しました。ここは需要側にフォーカスしたシンクタンクで、なかでも住宅に特化した研究を行っています。実測もたくさん行い、よいデータを作っているところに魅力を感じました。
やはり生のデータは面白いです。私も実際に一般家庭を訪問し、計測器をつけさせていただいたり、冷蔵庫の型番を確認させていただいたりして実測を行い、詳細なデータを収集しました。また、機器の省エネの使い方の実験で、洗濯機を何回も回したりもしました。
電力消費を正確に測定するために、タオル一枚の重さにも細かいルールが設けられています。そのようなタオルを探して購入し、洗濯槽を満杯にして洗濯した場合と、半分の量で洗濯した場合でどのぐらい電力消費が違うかなどを計測しました。
これはもう一度やれと言われてもできないくらい大変な作業でした。住環境計画研究所では当時このような地道な作業を積み重ね、データを蓄積し分析していました。
東日本大震災を契機に見直された電力需要
住環境計画研究所で7年ほど働いたのち、恩師の山地先生にお声がけいただき、2008年に東京大学に移ることになりました。はじめは秘書の方と2人だけの研究室からのスタートで、不安もありました。幸い同じタイミングで、エネルギーシステムインテグレーションの専門家の荻本和彦先生が東大に移られ、荻本先生は供給側、私は需要側ということで一緒にやらせていただくようになりました。パワフルな荻本先生のおかげで、私もここまで来ることができたと思います。
東大に移るまで、私は省エネなどがメインで、システム全体のような大きなことはあまり考えていませんでした。しかし、荻本先生はマクロな視点で、日本の電力システムやエネルギーシステムがどうあるべきかを研究しています。そこからいろいろ勉強させていただき、研究のメインテーマも省エネからデマンドレスポンスつまり需要の調整へと変わっていきました。
特に2011年の東日本大震災の後、電力不足の問題が注目されると、それまで省エネの一要素にすぎなかった需要シフトに関心がよせられるようになりました。当時、私の研究室でも節電のためのホームページなどを作り、家庭でどのように節電すればよいかを発信しました。
すべての原発が止まり、火力に頼るようになったことで、CO2(二酸化炭素)が増えました。また、燃料を海外に頼らざるをえなくなり、燃料費も高騰するなど、諸々の問題も生じました。こうしたことから改めて、需要側の役割が注目され、家庭で使用する電気機器や電気給湯器、電気自動車なども上手く制御していく必要があるのではないかということが言われるようになっていきました。
快適性を維持し、電気の使用を調整する
私の研究室では、HEMS(ヘムス、ホームエネルギーマネジメントシステム)データやスマートメーターデータを収集し、家庭のエネルギー需要把握を詳細に行ってきました。またそれをもとに、家庭における省エネルギー余地の検討、快適性を損なわないデマンドレスポンス(DR、需要調整)の定量的な評価に関する研究に取り組んでいます。
具体的には例えば、家1軒などを対象に、そこで使用される電力需要や屋根の太陽光発電量を予測し、給湯機や電気自動車の制御を含めた電気料金が最小となる最適化モデルを構築します。さらにこのモデルを使ってシミュレーションを行い、実際にどのような調整を行えばどの程度の効果が得られるかを評価します。 上述のHEMSは浴室やキッチンなどの各回路別に電力データを取得することができるシステムです。大学に移ったころ、住宅メーカーと組んでHEMSのデータを集め、家庭用のエネルギー診断をするということも行いました。
また近年、普及が進むスマートメーターは、家全体の30分ごとの電力データを取得することができます。東京ではスマートメーターが全戸に入りましたし、日本全国でも2025年までにはすべての需要家に入る予定です。そこでスマートメーターで収集したデータを活用するための研究も行っています。
ただ、何にどのくらいの電力を使っているかわかるだけでは十分とは言えません。データをもとにして、電気を効率的に使用するための制御ができることも重要です。例えば共同研究を行っているセキスイハイムでは全ての家にHEMSを設置し、蓄電池のある家では蓄電池を使う時間を変える、あるいはエコキュートという電気給湯器のある家ではお湯をためる最適な時間を決めるなど、上手くデータを活用しています。
その他にも、夏場、エアコンつけていて、外が涼しくなってきたら、自動的に止めるということも試しました。このように快適性を維持しつつ、エネルギーの消費を抑えるような制御ができるとよいのではないかと考えています。
デマンドレスポンスを進めるためには、電気会社との契約つまり電気代も大きく関係します。今はオール電化住宅では、夜間の電気が安く、昼間が高い料金設定です。これはもともと夜間の需要が少なく、原子力発電は24時間一定で運転する必要があり、運用費用が安かったためです。
しかし、東京では原子力発電が止まり、太陽光発電も増えてきました。ですから本来、夜の料金を高くし、昼間を安くし、昼間に電気を使うようにしたほうが効率的です。小売事業者がそのような料金メニューを作れば、需要家は反応しやすくなるでしょう。しかし、現状ではなかなかそこまでは至っていません。今はまだ、過渡期だと思います。
過疎地域の課題を考える
もう1つの研究テーマとして、近年、地域のエネルギー問題についても注目しています。過疎化の進んだ地域では、今後いつまで送電線を維持できるかなどの課題があります。
従来は発電、送電、電気の小売の3つの役割を電力会社1社が担ってきましたが、政府が主導する電力システム改革で、これらの分離が進められられました。その一環として送電部門は分社化して独立し、新規参入事業者への送電も平等に扱うことが定められました。
こうした中で送電コスト削減の圧力も大きくなっています。現状ではまだ、過疎地域への送電も行っていますし、そもそもユニバーサルサービスという義務もあります。しかし将来的にいよいよ人口が減ったとき、本当に送電を維持できるのかという問題があります。
これは電力だけの問題ではありません。私の出身地は秋田の田舎なのですが、もう除雪車が入れないエリアも出てきています。つまり冬はそこには住めないということです。その結果、「いろいろ不便になるなら都市に集まろう」という考えを促していく必要もあるのではないかと考えています。それを具体的にどのように実現していくかについても関心をもっています。
ミクロの需要に目を向ける
カーボンニュートラルもエネルギーの安定供給も、お金がかかることばかりです。その中で効率化できることが何かと考えたとき、一番大きな課題は、需要側がどのように上手く供給側と連携し、全体システムとしての効率を上げるかということではないでしょうか。
デマンドレスポンスもその1つですが、「マス(たくさんの平均的な需要家)」に対して効果のあることはもう終わっていると考えています。つまり、今後は需要家のセグメントごとに考える必要があります。
例えば、日本の家は概して冬は寒いです。アルミサッシは冷たいですし、窓ガラスも単板です。そこで寒冷地での断熱改修をどのように促していくかについての研究にも取り組んでいます。
あるいは高齢者は基本的に在宅時間が長く、設備を新しく変えることがあまりありません。エネルギー効率のよい設備の導入を促すには、定年で次の住まいを考えるタイミングなど、ライフステージで捉える必要があります。これは3年間の調査を通してわかってきたことです。
また、電気自動自動車はガソリン車より高額で、普及があまり進んでいません。しかし地方では、車が日常生活の必需品で、走行距離は一般に短く、一方でガソリンスタンドが減っているという状況があります。ですから地方では、電気自動車を2台目として導入することにメリットがあります。
このように需要家の効用を上げながら環境にも優しいという訴求点がまだあるのではないかと考えています。そこを探り、横展開していけることが理想です。特に今後、太陽光発電などが普及していけば、電気を作る側も小規模のものが増えていくでしょう。そうした小さなリソースを上手くマネジメントし活用できるようなエネルギーシステムを目指しています。
一方で、人はエネルギーを使うために生きているわけではありません。本来、幸せに暮らすためにエネルギーを使っています。ですから、システム全体を考える上でも、やはり、上述の高齢者の消費行動のようなミクロの側の研究も、引き続きしっかり取り組んでいきたいと考えています。
一歩ずつでもCO2を減らす試みを積み上げる
私はこれまで、消費者の効用が阻害されない、つまり消費者が不快に感じない範囲で行える方法について研究してきました。デマンドレスポンス(DR、需要調整)では、ヒートポンプ給湯器でお湯を沸かしたり、電気自動車の充電や放電をしたりする時間の調整を行うといった範囲です。
また、エネルギーシステムについては消費者にとって生活には影響しない、まずはただ「システムに乗る」だけで済む範囲というものを目指しています。電気自動車を例に挙げると、システムに貢献することでなんらかの対価を得られるなら、外部からの充放電に対する制御を認める(制御権を与える)といった範囲です。
実際、そのほうが普及を促進することができるでしょう。しかし今後、日本が「3E+S(供給安定、経済、環境性+安全性)」の政策を進めていけば、消費者の効用を維持したままでは済まなくなるのではないかとも考えています。
CO2(二酸化炭素)の排出量を実質ゼロにするためには、太陽光発電などの発電設備と電池を貯めておく蓄電設備の両方が必要です。こうした設備の二重化はコストがかかり、そのコスト増は電気代に反映されます。
コストの増加を許容できるのであれば、現状の効用を完全に維持したまま、2050年のカーボンニュートラルを達成することは可能かもしれません。しかしある程度、コストを抑えたいと思うなら、電気を使う側がもう少し不便や不快をがまんすることも考えなくてはなりません。
また、エネルギーの問題は、最終的には政治的判断で決まる部分が大きいです。例えば、「1kWhあたり7円」のような一過性で一律の補助金が政治的判断で決まります。本来はそれより、寒冷地の一般家庭の断熱性能を上げるための改修費補助などメリハリの効いた政策のほうが、結果的には効果が持続するはずです。しかし現状では、なかなかそうはなりません。これらは未然課題といえるかもしれません。
このような課題についても、どうすればよくしていけるかシミュレーション結果にもとづいて国に提案してゆきたいと考えています。ただ、そのためにはシミュレーションだけでなく、研究成果を実装していく必要も感じています。
すでにモデルケースとなるようなプロジェクトもいくつかあります。その一つがエネルギーの地産地消を進める宮古島です。再生可能エネルギーを導入するだけなく、ヒートポンプ給湯器など需要家側の機器も上手く導入し、最先端のエネルギーマネジメントプロジェクトを展開しています。しかも補助金ではなくビジネスとしての実現をめざしているところに注目しています。
ただこれは限られた一例にすぎません。課題は山積し、解決の道は見えていません。その中で、確実なことを少しずつでもやっていくしかありません。それはつまり、きちんとデータを活用して効率的なエネルギーシステムを作ること、一歩ずつでもCO2を減らすような試みを積み上げていくことです。そしてそのために今後は実践的なことも進めてゆきたいと考えています。
岩船研究室:http://www.iwafunelab.iis.u-tokyo.ac.jp/index.html
(2023年3月2日 東京大学生産技術研究所岩船研究室において 取材・構成:田中奈美)