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「未然課題」連続インタビュープロジェクト
インタビュー#19 本間 裕大
東京大学生産技術研究所 准教授|数理最適化モデリング
観光客に便利で地元の人の防災拠点にもなる「道の駅」の最適配置とは? 歴史的な街並みが残る川越市一番街の、観光客と住民が共存できる歩行者天国とは? お互いに視界に入ることで交流を生むパブリックな可視空間とは?
数理モデルを用いてそんな「人間模様」の本質を表現する本間裕大氏は、数式を道具に循環する社会を実現するための研究をしています。社会と個人にとっての「最適化」とは何か、そしてその背景にある未然課題についてうかがいました。
数式を使って社会をデッサンする
私の研究室では、建築・交通・都市、3つの分析スケールから滞りなく循環する社会を実現するための研究をしています。道具となるのは数式です。丁寧な観察から人々が活動するときのルールを探し出し、それを数式で表現します。これを「数理最適化モデリング」と称しています。
「数理最適化」というのは文字通り、数学の力で最適化するということです。また「数理モデル」という言葉もあります。これは建築模型のように、社会現象の大切なところを数式で書いたモデルで、人口予測もその1つです。
この数理モデルの中でも最適化を行うモデル群を「数理最適化モデル」というのですが、私が特に意識しているのは「モデリング」という点です。「モデル」というのは名詞ですが、「モデリング」というのは動詞ですね。すなわち、「数理モデル」あるいは「数理的最適化」を用いて、「我々」がモデリングするという行為を重要視しています。
つまり、あくまでも主語は「人」です。数式に振り回されるのではなく、私たちが能動的に数式を使い、多くの数式群があるなかから、その現象によくあう数式を自分たちで考えていくということを大切にしています。また、社会現象を数式で表すとしたらどう表現できるか、その社会に合うような数式を新たに作り出すことも専門としています。
この「モデリング」には骨組みを抜き出すという側面もあります。絵を描くときにデッサンが重要だと言われます。あるものを見て、その一番大切な輪郭や構造、骨組みの部分を描き出す技術が、対象を理解するためには大切です。実は我々のモデリングでもこのデッサンが重要です。私は数式を使って社会のデッサンをしていると、常々考えています。
写真は目に見えるものをそのまま映し出します。写真が誕生した200年ほど前、もはや絵画は不要ではないかという議論が、焦りとしてあったのではないかと想像します。これはまさに、今のAIだと思います。いわゆるAIの汎用的なディープラーニング群などに任せれば、社会を写真のように忠実に映し出すことができます。
しかし写真もAIも映し出した対象を理解しているわけではありません。すなわち、写真だけがあればよいということはなく、大切な部分の輪郭を強調して描き出す絵画も必要です。絵を描く場合は輪郭と骨組みを大局的に把握する必要があるでしょう。
それは数式も同じです。我々もまた大局を把握し、物事の輪郭を描き出す技術を身に付けておかなければなりません。「数理最適化モデリング」にはそのように主体的に関わるという意味が込められています。
アメリカの恩師との出会いで得たマインドチェンジ
「デッサンする」というのはもともと、私の恩師の考えです。私は慶應義塾大学の管理工学科(計数工学科に相当)の出身で、柳井浩先生と森雅夫先生、そして栗田治先生にご指導をいただきました。先生方はいつも「本間さん、絵解きをしなきゃ」とおっしゃっていて、それに大きな影響を受けたと思います。
絵解きというのは、数式を数式変形のまま理解するのではなく、グラフなどの図形に展開し、理解するということです。例えば漸化式を使った数理モデルを用いると、今の状態が1年後を決め、1年後の状態が2年後を決めるという社会変化を表すことができます。
でもそれを数式上で記述するだけでは不十分です。グラフで「絵解き」しながら、時間軸にそって発散していくのか、収束していくのか、途中のカーブはどのようになっているのか、イメージとして分かる必要があるということを、常々言われていました。
そのような経緯もあって、私は、社会で一番重要なところ、あるいはボトルネックとなっているかもしれないポイントを、つねに2次元あるいは3次元で可視化できる明確なイメージとして持っておきたいと考えています。
しかし今の日本の学問では、数式をどのように「絵解き」するかまで教えることはほとんどないと思います。私も、「絵解き」について、最初から理解できていたわけではありません。
大きなマインドチェンジになったのは、アメリカでの恩師との共同研究だったと思います。東京大学生産技術研究所(東大生研)に着任して数年後、サバティカルをいただいてアメリカのアリゾナ州立大学に行く機会がありました。
私は学生のころから、代替燃料自動車の普及に向けた社会インフラ・ビジョンについて研究をしており、アメリカでも電気自動車のステーションをいくつ設置すれば社会的に満足できる水準になるかというテーマに取り組みました。
従来のガソリンスタンドのように、帰宅時、自宅の最寄りのステーションで充電することを想定すると、例えば一都市に20ヶ所というような大規模な整備が必要となります。ところが、アメリカで師事した恩師は、そもそも「人はどのようなタイミングでステーションに行くか」ということ自体を丁寧に考えよう、と提案してきたのです。
いかに早く解くかなど、数式的な巧妙さだけに集中していると、つい見落としがちな部分です。しかし、この「充電タイミング」こそが、最も結果に影響する重要な要素であり、結果的に整備も小規模で済むことを2人で明らかにし、論文として公表しました。丁寧に社会を「絵解き」しようというマインドがあったからこその成果だと考えています。
「最適配置」の「最適」とは何か
帰国したタイミングで、国土交通省の道の駅の最適配置プロジェクトに参画することになりました。道の駅というのは休憩、情報発信、地域連携の3機能を持った施設で、市町村長が登録申請して、国土交通省により登録されます。
旅行に行った時、道の駅を利用することが多いと思うのですが、この場合、旅行者にとっての最適は幹線沿いに配置することです。しかし一方で、2004年に発生した新潟県中越地震を契機に、地元の人の防災拠点としての機能も求められるようになりました。上記のプロジェクトの目的はそのための最適配置がどのようなものであるかについて考えることでした。ここで大切な点は、「最適配置」の「最適」とは何かということです。
これはいわゆる多様な関係者間の「落としどころ」をどう探るかという類なので、数理モデルだけで決められるものではありません。そこで「最適」を議論するために、あらゆるパターンを考えて、一種のカタログあるいはスペック表のようなものを提示することを考えました。
このプロジェクトでは、5.51×10261の天文学的な実行可能性から、ETC2.0プロープデータやカーナビ水準の道路地図情報も駆使して、様々なシナリオでの最適配置案を導きました。様々な未来シナリオをデッサンした有用な基礎資料として活用いただいています。
また、このプロジェクトと同じ時期に、東京大学と文部科学省の交流人事により、高等教育局・技術参与として、週の半分を文科省で過ごすという貴重な経験をさせていただく機会もありました。
このときたくさんの分析をしたのですが、そのなかで若手研究者の比率に関する研究がありました。当時、大学職員のうち40歳未満の若手研究者の割合が3割に満たず、これを3割以上に引き上げるという話があり、達成するためにはどうするべきかという分析を行いました。
実は、ある時点で若手を大量に雇っても、彼らは10年後には中堅となり、さらに20年後にはシニアとなります。若手3割を達成するためには、一定の同じタイミングで人材を供給し、さらに同じ一定のタイミングでシニアが退職していくという動的平衡が保たれるための数理モデルを作る必要があります。
これを踏まえ、どのように採用し続ければ、若手3割が保たれ続けるかという分析をしたところ、現状では博士課程を修了するのが28~29歳ですから、その全員をただちに正規の助教として採用する必要があるという結果となりました。
しかし、海外留学など多様なキャリアパスを想定すると、これは現実的とも言い切れません。もっともらしい仮定を置くと、どうしても若手比率3割は難しいという結果が示されました。
今は「若手3割」ということは言われなくなりましたが、こうした研究を通して、改めて、社会にきちんと目を向けて「デッサンする」ことの大切さを意識するようになったと思います。
教育の効果をシミュレーションする
文科省ではその他にも、就職と進学の影響比較なども行いました。大学進学で東京一極集中しているということが言われていたのですが、20年前と比較すると、かつては大学進学で関東と関西に集まった若者が、就職でもう一度地方に分散していたのに対し、現在では就職でさらに東京に集中するという流れがあることが明らかになりました。つまり、東京一極集中を解消するためには、進学だけなく就職にも注目する必要があるということです。
また、大学の今後のあり方を考えるために、大学の学部構造とその大学ある地方の産業構造がどの程度マッチングしているかを分析するということもしました。
ただ、教育の効果はすぐ目に見えるものではありません。STEAM教育を導入したり、理系の学部定員を増やしたりしても、効果が出るのはおそらく20年後でしょう。そのとき日本あるいは世界で何が起きているかはわかりません。このため、人材育成の分野では、エビデンスのある論議が難しいという課題があります。
そこで最近では、大学進学行動のシミュレーションを作る必要があるのではないかと考えています。例えば高速道路も完成まで長い年月のかかるプロジェクトですが、建設にあたって、交通工学の専門家が交通流動予測を行います。この際、何十年分のデータの蓄積がなくても、断片的なデータから予測は可能です。それと同じことが、教育の分野できるのではないかと思うのです。
つまり20歳のときに何をしていた人が40歳のときに何をするかという長期間のまとまったデータがなくても、さまざまなデータを組み合わせることで、ある学部を卒業したのち、どの産業に就職し、その結果どこに住むかという人生予測を、日本全体の人口移動と、人口の属性変更に関わる大局的なシミュレータとして、ある程度の高い精度で作ることが可能です。
それによって、例えばどこでどのような学部の定員を増やすことで、将来的に日本でどのような属性の人やそれに関連した産業が増え、いかに人口構造が変わっていくかを予測することができます。人材育成の議論するうえで、そのような長期的な予測のフレームワークを作る必要があるのではないかと考えています。
(2023年2月10日 東京大学生産技術研究所 本間研究室において 取材・構成:田中奈美)