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「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#04 小南 弘季

東京大学生産技術研究所 助教|地域再生学/社会風景論

建築設計学を専門とする生産技術研究所川添研究室で、日本の低密度なまちの社会と風景に着目した研究を行っている小南弘季さんに、若手研究者の視点から、自身の研究領域と未然課題について語っていただきました。

都市をまなぶ

私が所属する川添研究室では、「都市の先へ」をテーマに、建築形態や空間に関する理論の構築と、さまざまな建築設計の実践を行っています。
そのなかで私は、日本の低密度なまちの社会と風景に着目した研究をしています。低密度なまちとは、標準地域第3次メッシュ(総務省統計局によって作成された一辺約1キロメートル四方の区域)あたりの人口が1000~2000人、かつ2000人以上のメッシュに隣接しないメッシュ上の居住地と定義しています。
従来の都市社会は、高密度を前提としていました。それとは異なる持続可能な社会像を構想し、地域再生の方法論を構築することを目指しています。
私はもともと東京大学建築学科の出身で、学部生のときは設計者になろうと考えていました。ところが10年ほど前、学部4年のとき、スタジオという設計の授業で、「東京の中で荒れ地を探して、空間的な介入をする」というテーマに取り組んだことが、設計者の道からはずれるきっかけとなりました。
当時、課題は市役所など明確な機能をもった建築を設計するというものが多く、「東京で荒れ地を探す」というのは、特に異色のテーマでした。この課題を出したのが、のちに私の師となる、都市史研究のパイオニアでもある伊藤毅教授でした。
私はこのとき、新海面処分場という埋め立て地のごみ最終処分場を取り上げました。この処分場は当時、50年後には使えなくなると言われていましたが、代替となるようなごみ処理の方針はありませんでした。
そこで、私は新海面処分場が半永久的に処分場であり続ける、つまり誰にも所有されない荒れ地であり続けるためのシナリオを作成しました。都市とごみの問題について考えたことが、都市史に興味を持つようになったきっかけです。

小南弘季氏

都市は恒久的に続くとは限らない

博士課程では「江戸東京の神社に関する都市建築史研究」をまとめました。その後は、博士課程の途中で、伊藤先生が退官されたこともあり、川添研に所属し、現在に至ります。
これまでの一連の研究活動のなかで、最大の学びは、都市は永続的に存在するものではないということです。
江戸というまち自体、徳川以前は田んぼが広がる農村地帯でした。そこを幕府が現在につながるような状況に変えました。興味深いのは、そのように都市化しても、村の記憶は古い地層のように残り、そこへ再び戻っていく可能性もあるということです。
人工的環境は常に動き続けています。ですから、今の都市の状態が恒久的に続くとは限りません。そのことを常に考えておく必要があると思っています。

都市と農漁村のはざまにある「低密度なまち」の問題

大学院で都市と神社を研究していた私が、低密度のまちに注目するようになったきっかけは、博士課程のとき、伊藤先生の海外調査に同行したことでした。アイルランドやカリブ海などの小さなまちをまわりました。
それらのまちは、都市のような人工物の塊によって構成された大きな場所ではなく、しかし集落ほどは小さくはないもので、とても興味をひかれました。これが今、研究をしている低密度のまちにつながります。
着想の発端は、川添研で最初に担当した街並み再生のプロジェクトでした。この時、行った場所が、鹿児島県肝付町の新富というところで、1km四方あたりの人口約1500人のまちでした。
まち自体とても小さく、かといって集落ほどの小さな規模ではありません。近くに地方都市があり、そちらに人が流れてしまうという状況でした。そこで、このまちを中心に考えたとき、地方都市から自然豊かな農村に行く間のハブ的な場所として、他の場所と連携する方向で街並みの再生をするのがよいのではないかと考えました。
このようなまちは、日本の各地にありますが、現在、注目されているのは、主に、市街地がシャッター街のようになってしまった地方都市や、過疎化が進み存続が危ぶまれている集落で、その中間に位置する場所の問題については、これまであまり目を向けられてきませんでした。
このときの経験から、地方都市と農漁村の間にあるまちが、どのように存在するかという点に、学問的な問題意識を持ちました。

新富の風景

1キロメートル四方あたりの人口1000~2000人という規模

「低密度なまち」の定義は、冒頭でのべたように、1キロメートル四方あたりの人口1000~2000人の場所、および1キロメートル四方あたりの人口が2000人以上のほかの地域とはつながっていない場所としました。
ただ実は、低密度といっても、村や集落とは違い、見た目はごく一般的なまちという感じです。実際に行ってみると、過疎化は進んでいるものの、スーパーやコンビニなどの生活機能もあり、暮らしている人が多い印象を受けます。そして何より、人工的環境と自然環境がちょうど同じ程度で入り混じっている、それによって多様な風景が存在する魅力的な場所です。
この定義に該当する場所を、2015年の国勢調査の地域別人口をもとにGIS(地理情報システム)などを使って割り出すと、全国で1661か所ありました。このうち50カ所を約3年間かけて調査するという試みを始めたところです。

低密度なまちの機能

低密度なまちは大きく3つのタイプに分けられると考えています。
代表的なものはかつての交易の拠点で、都市的機能をもっていたまちです。近世の宿場町や港町が、近代化のなかで高速道路や電車が通らず、人口は減少したものの、まち自体はそのままの規模で残っています。
2つ目は農村的機能をもつまちで、複数の集落が合体してできたような場所です。
3つ目は近代以降に作られたニュータウンや、高速道路のインターができたことで誕生したロードサイドタウンです。
この3つでは様相はかなり変わりますが、実際にははっきりと分かれているわけではなく、それぞれの特徴が混ざり合って1つの場所となっています。そして多くの場合、教育機関が中学校までしかないという問題を抱えています。高校がないため、高校進学のタイミングでまちを出てしまうそうです。
最近、福島県大玉村の玉井という地域に調査に行きました、ここは3つの集落が1つになった場所で、周辺には非常に美しい田園地帯が広がっています。しかも、郡山市と福島市の両方に30分でいけるという距離感で、とても住みやすそうでした。実際、近年移住者が増えているそうです。ただ、やはりここも高校がなく引っ越す人が多いという話でした。
とくに興味をひかれたのは、まちの中心部に、住居に囲まれるようにして位置する巨大な畑でした。直売所で売られる野菜が周辺住民に非常に人気があるようで、まちのお母さんたちが競っておいしい野菜を育てているそうです。そのためこの大きな畑には多くの種類の野菜が植わっていて、まちに彩りと活気を与えています。
畑の一部が牧草地になっていることにも驚かされました。比較的居住密度の高いまちの中に複数の牛舎があり牛乳を作っているそうです。まちの中を歩いていたら突然牛の鳴き声が聞こえてきてびっくりしました。
まちの真ん中に広大な畑が広がる風景は、都市では決して見ることのできないものとして私にとって新鮮でした。これはまちの人々の参与によって生まれた個性豊かな風景だと言えると思います。そして、このような風景は人口規模の小さな集落であってはなかなか成立しないものでもあるでしょう。
玉井の風景は事例の1つですが、フィールドワークによってこのような事例を収集し、現地での実践を通して、どのような地方再生論を構築できるかを研究していきたいと考えています。

玉井の風景

流れの中できらめく石のようなものを探す

私たちの世代は大学生になりたての時分に東日本大震災を体験しました。震災以前以後とよく言われますが、私たちは以後の社会しか知りません。国内の人口はピークを迎え、経済も悪化し、老後の社会保障があるかもわかりません。
経済成長を前提とした以前の社会システムが破綻していることは明らかです。成長しない社会(成長社会を経験した人々は成熟社会と呼んでいます)を前提として生きているのが私たちの世代です。
一方で、私たちを取り巻く社会の考え方は大きく変化しています。発展途上にあるグローバルサウスや気候変動、ジェンダーや家族、仕事のあり方への意識、バイオテクノロジーやコンピューターサイエンスの急速な発達、そして世界的な人口減少など多くのものごとが同時に変化しています。
前述したように、都市が都市として恒久的にはとどまらないのと同様、すべてのものごとは動き続けていると考えると、その時々で、最善の方向を導き出そうと努力し続けることが、最も大切なことだと感じています。
そしてそのためには、強い流れの中でもきらめく、そして放っておいては砂に埋もれてしまう石のようなものを、目を凝らして見つけ出さなければいけません。流れではなく石が重要なのです。
私は前述した多様な風景とそれを生み出し維持してきた地域の人々の営みこそがそうした石ではないかと考えています。石は流れによって削られますが、その摩擦こそが未然課題と言えるでしょう。
コントロールできなければ、石は割れてしまい下流へ流されることになりますが、うまく磨かれればさらに丸みと輝きを増すでしょう。人口減少と産業や暮らしの価値の変動の中で風景がどのような役割を果たすのか、それを見極めなければいけません。
強い流れの中できらめく石を見つけ、うまく磨かれるようにコントロールする。それが今の研究者に求められているのではないでしょうか。

(2022年10月27日 東京大学生産技術研究所 川添研究室において 取材・構成:田中奈美)

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