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2022.12.16

地球規模の「未然課題」に取り組む次世代グローバルリーダーを育成する|ヘイチク・パヴェル

#「未然課題」連続インタビュープロジェクト #GLP-GEfIL #Global Leadership Program #Global Education for Innovation & Leadership #国際人材の育成

「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#05 ヘイチク・パヴェル

東京大学生産技術研究所 准教授|グローバル・イノベーション教育

チェコ出身で、来日約20年のヘイチク・パヴェル先生は、理論物理と数学の研究者から科学コミュニケーターなどを経て、現在、東京大学のグローバルリーダー育成プログラムに携わっています。国際社会で活躍するリーダー人材の育成は、グローバルな「未然課題」に取り組む力を養うこともつながります。プログラムの詳細と国際人材についてうかがいました。

自ら社会課題に取り組む国際人材の育成プログラム

私は約4年前から生産技術研究所に所属し、東京大学の学部生を対象としたグローバルリーダー育成プログラム(GLP- GEfIL)に携わっています。Global Leadership Program(GLP)は2014年に始まった分野横断型の特別教育プログラムで、Global Education for Innovation & Leadership(GEfIL)は、GLPの後半2年間のプログラムとなります。
授業は基本的に英語で行われ、GEfILでは、グローバル課題をテーマとした実践研究を行います。また、卒業までに2回、短期留学に行き、海外の研究プロジェクトやインターンシップなどに参加します。
グローバルリーダーというと、国を動かしたり、国連で活動をしているようなリーダーをイメージするかもしれません。しかし、私たちはそのような定義はしていません。ローカルコミュニティのリーダーであっても、そのコミュニティが抱える課題に取り組んでいる人はいます。私たちが目指しているのは、そのように積極的に社会課題を見いだし、問題の解決に向けて自ら行動をおこせるような人材の育成です。ここで言うグローバルリーダーのグローバルは、グローバルな視点から課題を見ることができる能力を意味しています。

プログラムの背景に若者の海外離れ

このプログラムが始まった背景には、若い世代の海外離れがありました。約10年前、日本の若者があまり海外に出たがらないことが問題となり、ニュースでも取り上げられました。
また当時は、日本と海外の大学の提携も少なく、学部生が海外に行く機会は多くありませんでした。そこで、世界を舞台にしたグローバルなキャリアを目指す東大生に、学部の段階で海外の教育を受ける機会を設けたいと考えたことが、このプログラムを始めるきっかけの1つとなりました。
応募人数は毎年約100名で、今年は8期生目を迎えました。男女比はおよそ半々ですが、これは特に意図したものはなく、自然とそのようになっています。
受講対象者は地球規模の課題に興味を持ち、モチベーションの高い学生で、高度な英語能力が求められます。このため、帰国子女や留学生も参加していますが、本来の目的は、海外に行ったことのない日本の大学生が国際人材となるための第一歩を提供することです。
希望者は学部2年生までにGLP指定科目を履修し、2年生の終わりに選抜試験を受けます。文系理系を問わず、全学部の学生を対象としており、違う分野の生徒と出会えることも、人気の理由となっています。また、教員も多様な分野から、このプログラムに関わっています。
さらに、留学先の分野を自由に選べることは、プログラムの特徴の1つです。専門に近い分野をもう少し深く学びたい、あるいはスキルを磨きたいという生徒もいますし、例えば理系の学生がジェンダーについて学ぶというように、全く違う分野で、視野を広げるためのプログラムを選択する生徒もいます。
留学先は、世界のトップ大学のサマープログラムなどが中心ですが、それ以外でも、生徒が自分で探してきたプログラムに参加することもあります。いずれの場合も、3年と4年の夏休みの時期に、2週間から2か月以内のプログラムに参加することが多いです。
卒業後は、ほとんどの学生が東大や海外の大学院に進みます。一部、大手コンサルティング企業や官庁に入る生徒もいますが、どのような進路であっても、社会経験を積み、いずれトップポジションに立った時、このプログラムで受けた第一歩を、世の中をより良くすることに活かしてほしいと考えています。

ヘイチク・パヴェル氏

それは本当に社会の「課題」かを問うことの意味

このため、GEfILでは実践研究を重要なメインプログラムと位置付けています。実践研究の目標は、自分たちが関心を持つ地球規模の問題について、創造的・学際的な研究プロジェクトを設計・実施することです。2つのフェーズからなり、PHASE1では学際的研究スキルの獲得、PHASE2ではテーマごとの実践研究を行います。
PHASE1はまず5人ほどのチームに分かれ、テーマを選ぶところから始まります。テーマは東京とSDGsに関連するものを選びます。
東京に限定している理由は、具体的な課題を考え、実際にフィールドワークを行い、解決策まで考えてもらうためです。つまり、単にインターネットで情報を調べるだけでなく、自分のたちが考えたアイデアが現実的に実行可能かどうかを検証します。
重要な点はグループワークをすることです。これが東大生にはなかなか難しい。みな、優秀ですから、自分で戦略を立て、1人で効率よく成果を出すということは得意です。でも、価値観ややり方の異なるメンバーと、各自の興味のある課題を出しあい、その中から1つのテーマに絞るということは簡単ではありません。そのこと自体が大きな学びにもなります。
また、学生はみな、環境問題や気候変動に取り組みたいと思っていても、どこからアプローチしてよいかわかりません。そもそも、自分たちが課題だと思っていることは、本当に「課題」なのかという問題もあります。
ですからテーマを決めるとき、私は最初に生徒たちに聞くようにしています。「なぜ、それが問題なのか」と。自分たちが問題だと認識しただけなのか、実際に社会で問題となりうるテーマなのか。それのどこが問題か、誰にとっての問題か、どう問題なのか……。これは、「未然課題」を見つけ出す力を養う過程であるともいえるかもしれません。
さらにテーマが決まった後も、具体的なアプローチを考える過程で、さまざまな問題に直面します。「ヒト、モノ、カネ」とよく言われますが、誰がやるのか、モノや技術はどうするのか、資金はどこから調達するか、果たして、現実の社会ルールのなかで実行可能なことなのか。
私たち教員もメンターとしてアドバイスはしますが、介入はあまりしないようにしています。それは生徒たちに、壁に直面してほしいと思うからです。全てを教えてもらってやるのでは、あまり意味はありません。自分たちで問題にぶつかり、試行錯誤しながらやってみて、「こうだったのか」と気づくことが重要です。見守る教員のほうもなかなかフラストレーションがたまりますが、そこに教育的な価値があるのではないかと思います。

世界の問題を考えるモチベーションが国際人材への第一歩

最終的にどこまで実行可能な解決策を提案できるかは、グループやテーマによっても異なります。中にはかなり具体的な提案まで到達するグループもあります。
例えば、東大は電気代が高いことで有名ですが、それをどうすれば節電できるかについて研究したグループがありました。東大の中で特に電気を消費している建物を調査し、責任者にヒヤリングして、節電のための技術を考え、必要な設備を検討し、最終的にはそれを導入した場合の設置場所や費用を調べて計画を立てるところまで行いました。
また、これも学内のプロジェクトですが、プラスチックの削減をテーマとしたグループはマイボトルの使用を推進するため、キャンパス内の水飲み場の状況を調べ、ウォーターサーバーを設置するプランを考えました。実際にウォーターサーバーの会社や予算も調べ、大学の上層部に提案しました。
生徒たちの様子を見ていると、グローバル社会の中にどのような課題があるかを意識し、それについて何かしたいと考えるモチベーションの高さを感じます。もちろん多くの生徒は、自分がどのような道に進みたいか、明確にわかっているわけではありません。でも、彼らの年齢では、何をしたいか迷っていても問題はありません。
1つ、課題を挙げるとすると、日本は積極的に自分の意見を提供する文化ではないということでしょうか。生徒たちの中にも、調和を壊さないように、自分の意見を抑えるところがあると感じます。ただ、話さないから意見がないというわけはありません。
レクチャーのあと、意見をレポートにまとめてもらうと、実はいろいろ考えていることがわかります。世界の問題について自ら考え、自分に何が足りないかを意識できることは、とても素晴らしいです。そのようなモチベーションが、世界で活躍していくためには必要だと思います。

グループワークを指導するヘイチク氏

国際社会に日本人ネットワークの種を蒔く

GLP- GEfILのプログラムのもう1つのユニークな点は、スポンサー企業がついていることです。約30社の企業が、このプログラムを支えてくださっています。またそのおかげで、上述した2回の海外留学には奨学金が出ます。
このように大学のグローバル人材育成プログラムに、スポンサーがつくということは、そうした人材の必要性を、大学だけでなく、日本の産業界でも感じているということではないかと思います。
しかも、学生は奨学金をもらったからといって、その企業に就職しなくてはいけないということはありません。卒業後、スポンサー企業に就職するケースもありますが、ほとんどの学生はそうではありません。
ですから、企業にとって、スポンサーをするメリットはあまりないのです。それでも、スポンサーになってくださるということは、日本の将来に向けた、とても長期的な考え方があると考えます。
それはつまり、グローバルな日本人ネットワークの種を蒔くということです。これは、国際社会における強みにもなります。あるいは5年や10年で帰国したとしても、海外で積んだ経験を活かし、新たな事業を起こすなどして、イノベーションを生むきっかけにもなるかもしれません。
このことは、留学生を日本に招く理由と同じだと思います。いろいろな国から日本に来た学生が、ここで教育を受け、日本に対して良いイメージを持って国に帰れば、それは貴重なネットワークになります。また、日本に残れば、日本を手伝うことにもなります。

文理融合の多様なアプローチでグローバル課題に取り組む

実は私自身、チェコの出身で、もともと、理論物理と数学の研究していました。日本に来たのは、博士号を取るためで、2005年のことでした。日本を選んだ理由は、できるだけ、遠くの異なる文化を経験したいと思ったからです。
当時、日本語はできず、日本に関する情報もほとんどありませんでした。日本のイメージといえば、芸者、侍、空手、寿司、それから高い技術力というくらいです。
アジアの先進国を想像して来日したものの、私の留学先の高知工科大学は自然が大変豊かなところで、イメージとのあまりの違いにびっくりしました。でも逆に、誰も英語を話さないので、日本語を勉強するにはとてもよかったです。いまでも、高知弁はヒヤリングできます。留学した当初、日本に長くいようと思っていたわけではありませんでしたが、結果的に、来日して約20年がたちました。
生徒たちにも、ぜひ海外に出て、私が日本に来たときのような文化や価値観の違いに触れ、壁にぶつかってほしいと思っています。
また、現在、オープンエンジニアリングセンター(OEC)は始まったばかりで、GLP- GEfILとの直接的な関係はありません。しかし、文理融合的な考え方など重なるところもあると感じています。
なぜなら、社会問題のほとんどは、文系と理系で分かれるものではないからです。テクノロジーだけあっても、社会にうまく導入されなければ、それを活かすことはできません。例えば、病院へのアクセスが悪い地域で、遠隔診断の技術はとても有効な手段となりえますが、実際は、コンピュータを使えない高齢者がほとんどです。このように、課題解決のためには、社会と技術の両面を、同時に考える必要があります。
これは、気候変動や環境問題など、地球規模の課題にも言えることです。いずれもテクノロジーなど単一のアプローチのみでは、とうてい解決できるものではなく、さまざまなステークホルダーを巻き込む必要があります。
ですから、次世代のグローバル人材の育成でも、生徒たちには多様なジャンルの人と関わり、世界の「未然課題」を見いだす力をつけていってほしいと思います。

(2022年9月22日 東京大学生産技術研究所 第2会議室において 取材・構成:田中奈美)

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