Topics記事

記事を絞り込む

2023.01.21

30年後を見据え、これから先の課題として解いていくべきテーマを探す(上)|中埜良昭

#インドネシア・スマトラ島 #スリランカ #バングラディッシュ #「未然課題」連続インタビュープロジェクト #耐震性能 #津波被害 #URM (un-reinforced masonry) #技術評価

「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#07 中埜 良昭

東京大学生産技術研究所 教授/オープンエンジニアリングセンター センター長|耐震工学

オープンエンジニアリングセンター(OEC)のセンター長で、2012~2015年に生産技術研究所の所長を務めた中埜良昭先生は、OECのテーマである未然課題の提言者のひとりでもあります。
中埜先生の長年にわたる耐震工学の研究から、目に見える課題、見えていても解けない課題、そして未曽有の災害から国を回復するために考えるべき未然課題についてうかがいました。

地震に強い建物をいかにつくるか

私は建築の耐震工学を研究しています。学生のころは、東京の青山通りにアトリエを構えるような建築家になることを夢見て建築学科に入りましたが、気づけば耐震工学の道に進んでいました。平成元年に職を得てから35年ほど、地震に強い建物をつくるにはどうすればよいかという研究しています。
研究のスタイルはまず、地震が起こると、国内でも国外でも、現地に行って調査をします。その際、被害があった建物だけでなく、被害を受けなかった建物を見ることも非常に重要です。
多くの場合、壊れたもののみがフォーカスされますが、本当によい建物とはどういうものかを学術的に考えるためには、壊れたものと壊れていないものの双方のデータを取り、それらを分析することが必要です。
このほかに、実験室での実験も行います。試験体という実際の建物に近い形のものをつくり、それを壊して、どのように壊れたか、あるいは壊れないようにするためにどうしたらよいかなどについて検証を行います。かなり大がかりな実験になるため、多方面からのご協力をいただきながら、1つの実験に1年以上かかることもあります。
このように地震が起こった現場と実験と解析を繰り返しながら研究を行っています。

中埜良昭氏

目に見える課題と、見えてはいても解けない課題

今でこそ耐震補強ということばは一般的に使われていますが、私が大学院生だった1980年代、耐震補強に興味を持つ人はほとんどいませんでした。当時は鉄筋コンクリート造による超高層ビルの建築が大きな話題で、耐震補強は学会でも「その他」という扱いでした。
ところが1995年に阪神淡路大震災が起きると、建物の診断や補強が一気に注目されるようになります。我々が研究してきた性能評価や補強の方法も、実際に使われたり、技術書に研究の成果が反映されたりするなどして、研究が世の中の役に立つということが急激に起こり始めました。
現代の耐震技術は、個別の建物についてはどのようにすれば壊れないようにできるか、ある程度分かってきています。ただ、例えば建物が今よりさらに超高層になり、一方で2011年の東日本大震災のときのように揺れが長時間続くなど、これまでと異なる状況が発生すると、想定していた耐震設計では、地震後すぐに使用可能な状態にならないということも起こりえます。
また、建物自体は問題なくても、照明や看板が落ちたり、窓ガラスが割れたりするなどして、機能をきちんと維持できないという状況も考えられます。このように、どうすればよいかの理論はある程度わかっていても、それが十分に反映されていない建物はたくさん残っています。それらをいかに拾い出し、地震に対して丈夫なものにしていくかは、現在、目に見える課題と言えるでしょう。
さらに、見えているけれど、なかなか解けないという課題もたくさんあります。例えば、土の中の構造物を正確に評価することです。土というのは非常に厄介でわからないことだらけで、土の挙動を精度よく評価することは簡単ではありません。加えて、土の中に構造物をつくると、地上の構造物より不確定要素が入り込みやすいため、耐震性能を評価することはより難しくなります。
あるいは土砂災害も評価が難しい課題の一つです。土砂がどこまで崩れていくかを推定することは簡単ではありません。ですからメカニズムがまだ十分に理解できてないものについては、コンピュータで解析はできたとしても、正しい答えにはなかなかたどりつきません。

津波に強い建物を研究する

私が近年、研究している津波被害の評価も同様です。もともと津波の調査は土木分野が行うという認識で、建築の分野ではほとんど扱われてきませんでした。
私が津波に興味をもったのは、2004年のスマトラ島沖で発生した地震津波がきっかけです。当時、インドネシアやスリランカで、壊れた建物と壊れなかった建物を調査し、陸上に遡上した津波の荷重つまり力の強さについて調べました。
それがすぐに日本で役に立つことになるとは思ってもいませんでしたが、2011年の東日本大震災のあと、津波の調査をすることになりました。
海岸工学の専門家たちと研究グループを組み、陸上に遡上してきた波に対して、避難ビルなどをどうつくっていけばよいかということを議論しました。このとき、スマトラ島沖地震の被災地を調査した経験が、津波に対し構造的に安全な建物を設計するための法律や技術基準をつくることに、非常に役に立ちました
現在は、津波で流された船舶が建物に衝突した際の影響についても研究しています。津波で船が流されてくるというのは、水中にあるものが水と一緒にくっついてくるわけですから、単純に船の重さを考えるだけでは評価できません。
通常の耐震評価とは異なり、さまざまな難しい要素があり、どうすべきかわからないことだらけです。しかし課題があれば解きたくなるのが我々の性で、試行錯誤しながらチャンレジしているところです。

津波で転倒した建物と中埜良昭氏

グローバル社会のつながりに貢献する

チャレンジの課題としてもう一つ、近年、URM(un-reinforced masonry)と呼ばれる無補強のレンガ壁の評価にも取り組んでいます。
URMというのは、鉄筋も何も入っておらず、コンクリートの柱と梁のフレームの中にレンガが積んであるだけの壁です。日本の建物にはありませんが、1990年ごろから海外へ被害調査に行くと、たびたび目にしていました。
特に途上国にはこのような壁が多く、地震で壁が揺れると、中に詰まっているレンガが抜けて壊れてしまいます。全く壊れないようにすることは無理でも、最低限、壊れないようにするにはどうすればよいか、設計にも使える簡便な解析方法をずっと考えているのですが、なかなかよい方法が見つかりません。
このような構造の壁は壊れ方もさまざまで、解析する時のパラメーターがたくさんあり、そのうえ、レンガは鉄と違って性能のばらつきもとても大きいため、正確な評価が難しいのです。
ではそもそも、何のためにこの研究をしているかというと、一義的には難題に取り組みたいというモチベーションのためですが、さらにもう一つ、広義の目的として、グローバル社会へのつながりに貢献できるとも考えています。
少し大上段な話になりますが、現在、日本人は世界のいたるところにいて、経済的にも世界とつながっています。日本の経済安全保障を考えた場合、グローバルな広い視点を持つことは非常に大切です。
また、日本は世界の中でビジビリティが低いと感じることがよくあります。国際社会で存在感を上げるためにも、技術の支援や移転を通じて、日本のサポーターや仲間を世界につくる必要があります。そのようなことに貢献したいと思っています。

バングラデシュで耐震の技術と評価を実装する

しかし、ただ日本の技術をそのまま海外に持ち込んでもなかなかうまくいきません。
私はこの10年ほど、JICAや他大学などとともに、海外のプロジェクトにたずさわってきました。そこで感じたのは、我々が長年開発してきた性能評価の方法を海外に適用する場合、海外と日本の建物の違いを考慮して、現地用にカスタマイズする必要があるということです。
発展途上国の研究者と共同研究を行う「SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)」で、我々はバングラデシュの首都ダッカの建築物を対象に、地震などによる災害脆弱性を克服するための診断・補強技術と補強効果の評価手法の開発を行いました。
このとき、私は初めて、砂利の代わりに砕いたレンガを骨材にしたコンクリートというものを見ました。レンガは石より柔らかいため、それを骨材にするとコンクリートとしては柔らかめですし、水も吸ってしまいます。さらに混ぜる水の量もその時の加減でつくってしまうので、あまりクオリティはよくありません。
最初に見たときは、違法建築かと思ったのですが、実は、現地では砂利がほとんど手に入らないためレンガを使っているということでした。そのようなものに日本の基準をあてはめても、正しい評価ができません。ですから、現地の状況を踏まえたうえで、きちんと予測できる評価の仕方を考え、基準をつくる必要がありました。
さらに、それらをより強く壊れないようにするためにどうすればいいかということについても、日本の技術をそのまま持ちこむことはできません。現地で確実に手に入るもので、それほど高価ではなく、かつある程度の性能も確保できる材料や工法を開発して使えるようにする必要もありました。
こうした研究成果は構造技術ガイドラインと都市計画戦略ガイドラインにまとめ、バングラデシュ政府直轄の研究所の認可を受けた出版物として技術者に配布しました。

SATREPSプログラムのバングラデシュでの研究

技術に命を吹き込むために必要なこと

技術を実際に実現するために重要なことは、法律がきちんと整備されていること、そしてそれを守る社会であるということです。そこにはその国が持つ根幹の力のようなものがあり、教育などの事情も非常に大きく関わっています。
料理も、レシピ通りにつくればおいしいものができるはずなのに、適当に砂糖を入れることでおいしくなくなってしまうように、本当によい技術をつくっても法律を守る社会でなければ、技術が活かされません。
また、さらに根本的には、よいものをつくろうと思う意識を共有できる環境であるかも大切です。これらは我々だけではいかんともししがたいところです。
ですから、社会実装というのは、口で言うのは簡単ですが、本当の意味での実装は容易ではありません。研究グループを組む場合でも、その研究グループが気持ちを1つにしたチームワークがなければ、よい方向には向かわないでしょう。そのために、我々のターゲットはこれだということを常に言い続けます。
そして、そのような精神的な一体感のようなものがないと、いくら一生懸命よい技術や機械やガイドラインをつくり、実際に使えるようにしても、結局、使われなくなったり、違う使われ方をされたりしてしまいます。
これは海外だけでなく、日本でも同様です。学生にもただ計算するのではなく、計算することの意味は何か考えるように言っています。建物をつくることの究極の意味は、やはりよい建物をつくることです。
よい建物をつくるためにはどうすればいいか、どのようにしたら正しく評価できるか、最終的には災害などが起きたとき、人が亡くならない建物をつくるにはどうするか、そのようなことを考えなくてはなりません。
技術を教えるだけでは魂は入りません。実際に見えているものの向こう側にあるものを共有するためには、ある種の教育が必要です。そして、魂が入って初めて、技術も技術として命を吹き込まれるという気がします。

(2022年11月22日 東京大学生産技術研究所 中埜研究室において 取材・構成:田中奈美)

30年後を見据え、これから先の課題として解いていくべきテーマを探す(下)」に続く

#インドネシア・スマトラ島 #スリランカ #バングラディッシュ #「未然課題」連続インタビュープロジェクト #耐震性能 #津波被害 #URM (un-reinforced masonry) #技術評価