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2023.02.09
自由な発想で生まれる多様な電池と電池資源の未来を担う産学連携プロジェクト(上)|八木俊介
「未然課題」連続インタビュープロジェクト
インタビュー#08 八木 俊介
東京大学生産技術研究所 准教授|エネルギー貯蔵材料工学
「どんなものにでも電気を蓄えられる」という発想で電池研究を行う八木俊介先生は、現在、リチウムイオン電池に使用される元素資源開発とリサイクルに関する産学連携研究のリーディングも行っているそうです。
八木先生に、電気自動車の普及などにより注目されているリチウムイオン電池や、自由な発想で生まれる様々な電池の研究、そして未来を担う産学連携プロジェクトについてうかがいました。
電気を使って金属表面を錆びなくする研究からのスタート
私の専門は材料電気化学です。材料電気化学というのは、マテリアル(材料)に電気を流したときに起こる酸化反応または還元反応、つまり電子のやり取りに主眼を置いた化学です。私はこのうち特にエネルギー貯蔵材料工学を専門としています。
後述する電池の研究もこの分野に該当します。電池の放電時には、正極で還元反応が、負極で酸化反応が進行し、充電時はその逆の反応が進行します。電池を使えば、電気エネルギーを化学エネルギーとして蓄えたり、蓄えた化学エネルギーを電気エネルギーとして必要なときに取り出して使うことができます。
関西の出身で、京都大学の粟倉泰弘先生の研究室で学士号、修士号、博士号を取得したのち、松原英一郎先生の研究室で4年間助教を務めました。その後、大阪府立大学(現大阪公立大学)で5年間、テニュアトラック講師として初めて研究室を主宰し、2016年から東京大学 生産技術研究所で准教授として研究室を主宰しています。
また、2018年にはマサチューセッツ工科大学(MIT)で約1年間、Jennifer L. M. Rupp先生の研究室とAntoine Allanore先生の研究室を掛け持ちしながら、客員研究員としてエネルギー材料の研究を行いました。
京都大学時代は主に材料電気化学の一分野である湿式表面処理の研究をしていました。湿式表面処理とは、溶液を使って物質の表面を改質して錆びないようにしたり、機能性を持たせたりするための技術です。
電気は一般にものを動かしたり光らせたりするイメージがあるかもしれませんが、実はそれだけでなく、金属を錆びなくすることもできますし、通常の化学反応では合成が難しいものを合成することもできます。大阪府立大学に移ってから、エネルギー変換・貯蔵材料の研究、つまり電池材料や電気化学触媒の研究を始め、それが現在に繋がっています。
電気自動車の歴史と社会の変革
現在、世界は変革のなかにあると感じます。2016年のパリモーターショーで、ダイムラーAG(現メルセデス・ベンツ グループAG)の当時のCEO ディーター・ツェッチェ氏が同社の世界戦略の柱として「CASE」を提唱しました。
「CASE」のCはCONNECTED(コネクテッド)です。例えば自動車がネットに繋がってアプリ化するということです。AはAUTONOMOUSで文字通り自動運転です。SはSHARED & SERVICES(シェアとサービス)で、自動車をスマホで呼んで目的地まで連れて行ってくれる配車サービスやカーシェアリングが既に実用化されています。
EはELECTRIC(電動化)で、上記の3つと相性が良く、環境への負荷を低減できる可能性が高いことからも注目されています。当時、非常に革新的な概念として話題になりました。
実は、電気自動車自体の歴史は古く、電気自動車と呼べるものが最初にできたのは1881年のことでした。フランスのギュスターヴ・トルーヴェが開発したこの電気自動車の見た目は自転車のようでしたが、鉛蓄電池を積む立派な電気自動車といえるものです。
発明家のエジソンもニッケル鉄電池を搭載した電気自動車を作っています。当時の最大走行距離は100㎞程度で、東京から大阪まで辿りつけません。それでも20~30%ほどを電気自動車が占めていた時代もあったようです。その後、内燃機関の方が出力が高く扱いやすいということで、電気自動車は廃れていきました。
しかし近年、リチウムイオン電池の発明による電池性能の大幅な向上や情報通信技術の急速な発展、環境問題への関心の高まりなどにより、電気自動車が徐々に増え始めています。
電気自動車の技術革新の中核を担うリチウムイオン電池
「CASE」の「E」、つまり電動化には電池が必須です。そこで使用されているのが、スマホなどにも使われるリチウムイオン電池です。車のように大きなものを動かすためには大きな出力が必要ですし、より遠くまで移動するには大きなエネルギーが求められます。
そのため、電気自動車に搭載する電池にはエネルギー密度が大きいこと、つまり単位体積または単位質量あたりたくさんのエネルギーを貯めることができることに加え、短時間で大きなエネルギーを出したり蓄えたりできる性能が求められます。
リチウムイオンは周期表の3番目に位置するリチウムのイオンで、プラスの電荷を1つもち、小さくて軽くて非常に動きやすいという特徴があります。そのためリチウムイオン電池の反応は速く、電気自動車にうってつけで、車載用リチウムイオン電池の研究は大学・企業を問わず、世界中で盛んに行われています。
一方で、水素を燃料として動く燃料電池車や水素エンジン車も極めて高度な技術が開発されており、今後の発展が楽しみです。電気自動車は充電に時間がかかりますが、水素は短時間で充填できます。
燃料電池車は既に実用化されていますが、水素ステーションの建設には数億円単位の資金が必要になることや、コストの高さが普及のネックとなっているようです。今後電気自動車と燃料電池車のどちらに軍配があがるか、はたまた水素を燃料とする内燃機関、水素エンジン車が発展していくのか、非常に興味深いところです。
マグネシウム蓄電池の研究
さて、研究の話に戻ると、私の研究室では上述のリチウムイオン電池とは少し異なる電池系の研究に取り組んでいます。その1つがマグネシウム蓄電池です。マグネシウムは周期表の12番目の元素で、そのイオンはプラスの電荷を2つ持ちます。
1元素あたり2つの電子を蓄えられるのは電気容量の観点からは良い点なのですが、マイナスの電荷を持つイオンとの相互作用が強く、一価イオンのリチウムイオンをキャリアとする電池と比べると非常に反応が遅いです。
マグネシウム蓄電池はひと昔前には「本当に動くのか?」と思われていましたが、現在では研究がかなり進み、なんとか動作するところまできました。ただ上述のように、反応のスピード、つまりパワー密度ではリチウムイオン電池には到底かないません。残念ながら現時点では電気自動車には使えない電池です。
しかし実は、マグネシウムはリチウムに比べて良い点もあります。リチウム金属をそのまま負極として使用すると、繰り返し充放電する間にぼろぼろになり、充電に使った電気が無駄になるだけでなく、発火事故を引き起こすリスクが高いです。
したがって、リチウムイオン電池ではリチウム金属ではなく、炭素系の材料を負極に使用しています。これはノーベル化学賞を受賞された吉野彰先生の発明です。リチウムイオン電池は、リチウム金属を負極に使用したリチウム電池に比べて安全性は飛躍的に向上しましたが、エネルギー密度は低くなっています。
一方、マグネシウム金属は、充放電を繰り返してもリチウム金属のようにぼろぼろになりにくく、マグネシウム金属を負極に用いることで、リチウムイオン電池よりもエネルギー密度を上げられます。
このマグネシウム蓄電池の研究は、JST ALCA-SPRING(運営総括: 魚崎 浩平NIMSフェロー,代表: 金村 聖志 東京都立大学教授)のプロジェクトにおいて、10年以上にわたって、東北大学 金属材料研究所の市坪 哲 教授をはじめとする、国内の素晴らしい研究者の先生方と共同で進めてきました(2022年度が本プロジェクト最終年度です)。
研究の基幹は「どんなものでも電気を蓄えられる」という発想
その他にも、リチウムやマグネシウムとは異なる元素を使って、異なるニーズに対応できる電池の研究開発を行っています。電池研究の大きな目的の1つは、限られた空間あるいは限られた質量の中で、いかにたくさんの電気エネルギーを蓄えられるか、つまりエネルギー密度をいかに大きくするかということにあります。
しかし例えば、重くて大きくても安ければよいという条件においては、現行の電池とは異なるタイプの電池にニーズがあるかもしれません。このように前提条件の違いによって、求められる電池も変わる可能性があります。それを調べることも研究の目的の1つです。
実は、電気というのは、電子のやりとりができるものであれば、どのようなものにでも貯めることができます。つまり、酸化還元反応を起こす物質であれば、原理上何にでも電気を蓄えることができるのです。私の研究の基幹となる思想は、この「どんなものにでも電気を蓄えられる」ということにあります。
(2023年1月6日 東京大学生産技術研究所 八木研究室において 取材・構成:田中奈美)