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未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#10 北澤 大輔

東京大学生産技術研究所 教授|海洋生態系工学

「海洋の食料生産工学」「海洋エネルギー」「生態系シミュレーション」など幅広い研究テーマに取り組む北澤大輔氏は、研究領域を「海洋生態系工学」と総称します。そこには、「生態系から多様な海の恵みを得られるような工学をやりたい」という思いがあるそうです。
北澤氏に、海洋構造物の環境評価シミュレーション、波の高い沖合で行う養殖技術、生態系をつくる新たな養殖システム、深層水活用など、これまでの研究とこれからの研究、さらに食料問題にも関わる未然課題についてうかがいました。

海洋環境シミュレーションの研究から「海洋の食料生産工学」へ

私は「海洋生態系工学」という領域の研究をしています。「生態工学」という言葉はもともとありますが、「生態系工学」はあまり使用されていません。「生態」に「系」を加えたのは、全体のシステムが重要だという考えからでした。生態系から多様な海の恵みを得られるような工学をやりたいという思いを込めて、この名称をつけました。
私は大学院で、海洋環境のシミュレーションを研究していました。恩師は船体運動力学の専門家でしたが、私が大学院に入った1990年代末、海洋環境保全が着目されつつあり、先生も新しい方向性を探していたのだと思います。
「環境シミュレーションの研究をやってみないか」とお声がけをいただき、海洋構造物を設置した際の環境影響評価のシミュレーションを研究することになりました。
ただ、環境、特に生態系シミュレーションは先生の専門外です。今、思えば、大学院の他の授業などを受ければよかったかもしれませんが、当時は研究グループの学生たちとお互いに勉強しながら、ほぼ独学で生態系シミュレーションを学びました。
最初の研究テーマは、洋上滑走路の環境影響評価でした。当時、羽田空港の第四滑走路案として洋上滑走路が計画されていました。埋め立ての場合、水質や生態系に変化が生じますが、水中に浮いた状態の構造物でも、太陽光が遮断されたり、構造物に付着した生物の排泄や落下により、周辺環境は影響を受けます。
そこで滑走路をメガフロート(超大型浮体式構造物)にした場合、海洋環境にどのような影響があるかというシミュレーションを行いました。
この成果をもとに、さらにカスピ海の油汚染を予測するためのシミュレーション、霞ヶ浦の藻類の種の変遷と毒素発生のシミュレーション、琵琶湖での気候変動の影響を予測するシミュレーションなどを、理学系の先生と共同して断片的な観測データを補間する形で行いました。
こうしたなかで、エビ養殖池の環境シミュレーションに取り組む機会があり、これが現在の研究テーマの1つである「海洋の食料生産工学」につながっています。

北澤大輔氏

波の高い沖合で養殖を行うシステムの開発

日本では魚を食べなくなったと言われていますが、世界的に見ると、食用魚介類の消費量は急増しています。粗食料ベースの食用魚介類消費量は、1965年には世界平均で年間1人あたり10kgであったのが、近年は20kgを超えるようになりました。
1990年ごろまでは、世界の水産物生産量のほとんどは漁獲によってまかなわれていましたが、すでに漁獲による生産を増やすことは難しくなり、1990年頃以降の食用魚介類の需要の増加は養殖によってまかなわれています。
しかしこれまで、沿岸の穏やかな海で行われてきた養殖は、陸からの栄養分の負荷や養殖排泄物によって海域が汚染され、赤潮や海中の酸素不足により生産性が低下するという問題が起きています。また、沿岸の養殖地はいずれ飽和するという課題もあります。
そこで、2007年ごろから沖合の波の高い海域でも耐えうる沖合養殖システムの研究に取り組み始めました。当時、世界的には、アメリカで沖合養殖を行う技術の開発が始まったところでした。実は、日本でも沖合養殖技術の開発自体は1990年代ごろにすでに行われていましたが、全く実用化には程遠い状況でした。

「海の建築」技術

生簀のような浮体式の構造物を海洋に設置する「海の建築」は、波の影響を考慮するという点で、地震に対応した建築をつくるイメージに近いかもしれません。海の波の周期、つまり波が押し寄せる間隔は通常5秒から8秒程度です。台風の場合は10秒以上と長くなり、かつ波の高さが大きくなります。
一方、構造物には揺れやすい周期があります。水中の構造物の揺れる周期は、物体の形状や重量、重心の位置などによって決まりますので、これらをうまく調節し、水中で揺れにくくするということがポイントの1つです。
次に、構造物を留めておく係留の技術が必要です。係留を太くすれば留める力は強くなりますが、そこにどれだけお金をかけられるかという問題もあり、現実的に実用化できる範囲で考える必要があります。
また、構造物を沈めることで波の影響は非常に弱まりますので、どの程度沈めれば構造物の揺れが収まるかという研究もしています。養殖用の生簀は、沈める際に傾斜が発生しますし、それらの課題を考慮しつつ、安く実用化できるものをつくるとなるとなかなか難しいところです。さらに、生簀を沈めたり、浮かべたりしたとき、魚にどのような影響があるかについても調べています。
沖合養殖の課題として、もう1つ、沈めた生簀にどのように給餌すればよいかという問題もあります。餌やりを行う漁船は、波の高い海域にはなかなか出ていくことができません。特に波の高い日が多い冬場は、ある海域では沖に出ていける日は月の3分の1程度であるとも言われています。
このため、生簀に隣接した場所に構造物を置き、そこから自動的に餌をやれるような自動給餌の仕組みが必要です。ただ、台風にも耐えられる仕様にすると、係留システムなどが高価となります。どうしたら安くてよい仕組みが作れるか、これはいまだに課題の1つです。

深度を自由に変える可変深度型生簀

1つの実験に5~6年

このような研究は、まず縮尺比1/100程度の模型をつくり、研究室にある長さ約6メートルの小さな水槽で概念実験を行うところからスタートします。その後、実験棟にある長さ50メートルの大型の水槽でより正確な実験を行い、そのデータをもとに実物を作成し、海で実験するというのが一連の流れです。
実証実験となると数千万円から数億円の予算が必要となるので、国に研究の重要性を提案し、企業にも入っていただいて、産官学のプロジェクトで進めることが多いです。また概念実験から実海域での実験に至るまで、通常5~6年ほどかかります。
実際の海をフィールドとして実験するのは、研究とは異なる側面で、大変なところもあります。まず場所を探すところから始まり、各所にお願いをして使用などの許可をいただく必要があります。
さらに将来的に商品化することを想定しますので、商品開発に近いところもあり、実用面での課題もいろいろ出てきます。企業が入り、企業側でかなりの部分を対応していただくこともあれば、私たちの研究室で対応しなければならないこともあります。

世界の巨大沖合養殖

実は沖合養殖は、世界的に見ても実装されている例はまだあまりありません。アメリカでも研究はいろいろされていますが、実装例としては、パナマ沖に1か所あるくらいでしょうか。
また、近年では2010年代後半以降に、ノルウェーでコンセプトの全く異なる沖合養殖が始まりました。これは直径100メートルを超える超巨大な生簀で養殖を行うというものです。
日本の海面養殖で一般的に使用される生簀の大きさは10メートル四方程度で、私の研究室で開発している生簀でも30~50メートルです。それらよりはるかに大きく、投資額もおかなり高額になるのではないでしょうか。
実はこの生簀は中国で製造され、ヨーロッパまで1か月ほどかけて曳航したそうです。中国でも養殖産業が非常に盛んで、いろいろなタイプの生簀の実験をしています。ただ、巨大な生簀は、万一、破損して魚が逃げてしまうと、損失も巨額にのぼるというリスクがあり、今後、どのような方向に進むかはまだわかりません。

生態系をつくる新たな養殖システムの開発

最近では私の研究室でも、少し異なるコンセプトの養殖システムを研究しています。それは沿岸でも汚染された海水の影響を受けないよう、巨大な水槽のような閉じられた空間で水を管理しながら養殖を行うシステムです。現在使用されている網状の生簀とは異なり、陸上の養殖に近い考え方です。
ただ、技術的な難しさはいろいろあります。まず、その閉じられた空間の中で、魚にとってよい環境とはどういうものかというところから考えなくてはなりません。また、内部の水の流れをどのように制御するか、排泄物をどう処理するかという問題もあります。
こうした課題について、今後とりくんでいきたいと考えているのは、複合養殖による海洋生態系の保全の研究です。これは海外では多栄養段階統合養殖(IMTA)と呼ばれています。養殖の排泄物を別の生物に吸収してもらい、1つの生態系を作るという方法で、魚介類や海藻などを組み合わせて養殖します。
具体的には魚の排泄物にはフンのように落下するものと、人間の汗のような溶存態のものがあるので、たとえば前者はナマコ、後者は海藻類に吸収してもらうという考えです。
概念自体は非常によいと思うのですが、これも実装例はまだあまりありません。

複合養殖用箱網の変形と周辺流速の水槽実験と数値シミュレーション

魚とナマコと海藻の難しい関係

技術的なハードルとしては、まず、シミュレーションによる物質循環の予測が必要だということです。流れや拡散があるため、排泄物が100パーセント吸収されるわけではありません。ナマコや海藻類が魚の排泄物をどのように吸収して成長するか、またそれらを適切な配置にするにはどうすればよいかを予測するシミュレーション技術の開発が必要です。
さらに実証実験では、実際に養殖をしている現地の方の協力が必要です。普段の養殖の作業に加えて、追加の作業をお願いすることになるため、どのように協力を得るかという課題もあります。
それだけでなく、どの生物を組み合わせるかという点でも、収穫時期をずらす必要がありますし、ナマコは高い水温に強くないものも多いので、地域によっては夏場の水質が悪くなる時期にあまり活動しません。
このような状況を踏まえ、私の研究室では、三重県の五ヶ所湾の養殖海域を対象としてまず初歩的な研究を行いました。この海域では底に近い深いところではほとんど酸素がない状態で、水面に近い浅いところでは高栄養の状態で、植物プランクトンの濃度が高い海域が見られます。
そこで、ナマコとアオサを投入してどのくらい環境がかわるかというシミュレーションをしたところ、プランクトンの濃度は減少したものの、酸素濃度の改善は限定的という結果でした。今後、この研究をどのように進めるか、いろいろアイデアを練っているところです。

海の栄養分の管理という未然課題

私の研究領域で未然課題を挙げると、その1つは、海の栄養分をどう管理するかという問題ではないかと思います。
栄養分とは、簡単にいうと陸から水とともに流れてくるものです。人間や家畜などの排泄物、農業であまった肥料や山などの自然から流れてでてくるものなどが、基本的に栄養分となります。それらは本来、海に必要なものです。ただバランスは重要で、これまでは栄養分が海に流れ込みすぎ、赤潮などの問題が起きていました。
瀬戸内海はその一例です。栄養が豊かになり、赤潮が頻発した結果、逆に海藻類にとって栄養が足りなくなって、ノリの色が落ちるなどさまざまな問題の一因になっているとも言われています。
また赤潮のあとは死んだプランクトンが海底に積もり、それらをバクテリアが分解する過程で酸素を吸収するため、水中の酸素が不足します。上述した五ヶ所湾の養殖海域でもこのような問題が生じていました。
冬場は表面の海水が冷やされて海水が上下に流動するので、海底に酸素が供給されやすいのですが、夏場は水が動かないため、深い部分で酸素が少なくなります。それが養殖をしているところまで上がってくれば、魚は全滅しますので、危険と隣り合わせです。
このため、近年は海に流れ出る栄養分を減らそうという流れで、例えば下水処理場から川に出る排水を、沖合に流すような研究も行われています。

食料問題につながる大きな課題

さらにもう1つ、食料問題に関連した大きな課題があります。現在、世界的なタンパク質不足が喫緊の問題となっています。しかし畜産による供給増加には限界があります。
一方、魚介類は、私たちが摂取しているタンパク質のうち20パーセント程度と言われていますが、冒頭で述べた通り、漁獲による生産量の増加には限界があります。
では養殖を増やせばいいかというと、これもまたエサがなかなか手に入らないという状況です。かつては世界各国で獲れる動物プランクトンや小魚のみをエサとして養殖をしていました。しかし近年はそれが難しくなり、大豆を混ぜるなどしています。
ただ、その大豆も森林を破壊して作っている場合がありますし、あるいは気候変動で砂漠が広がり耕地が減れば、生産量に影響します。
それだけでなく、エサに大豆などいろいろなものを混ぜて、それなりにおいしい魚をつくることはできても、逆に食料としての機能面で問題が生じます。例えば、健康によいといわれるEPAとDHAのような不飽和脂肪酸は、基本的にエサから入ってきますので、大豆などを混ぜると、それらの成分が摂取されません。これも未然課題の1つではないかと思います。

海の生産を上げるためのチャレンジ

そこで冒頭の「海洋生態系工学」の話に戻るのですが、私は海の生態系にかかる負荷をなるべく取り除き、生態系の土台となる部分を活発化させて海の生産を上げる、つまり魚をもっと獲れるようにする研究をしたいと考えています。
里海という概念にも近いと思うのですが、工学的に適度に手を入れることで、海の生態系を健全な状態に保つという考えが、「海洋生態系工学」のベースにあります。
その具体的な研究テーマの1つが、上述した複合養殖です。また、もう1つの試みとして、深層水利用というものを考えています。
実は外海というのは、非常に砂漠のような場所で、表面に栄養分が全くありません。一方、深層水には豊富な栄養が含まれています。
通常、海水は自然現象として循環していますが、地球温暖化で水面の温度が高くなると、表面と深層の水が入れ替わりにくくなります。このため例えば、熱帯地域では水温も高く、光も十分にあり、植物プランクトンにとって光合成をするには十分なのに、栄養分がほとんどないため、光合成が活発でないということがあります。
そのようなところで、深層水を人為的に表面にあげることができれば、生態系が活性化し、魚類も増えるため、海の生産が上がります。
深層水を表面に上げる技術としては、たとえば海底に山脈を作って水の流れを利用する方法や、動力を使い、表面と深層の水を混ぜる方法など、さまざまな技術が考えられています。
私の研究室では、これまで海洋エネルギー研究の一環として取り組んできた波力の研究をいかし、波の力で深層水を上げる方法を考えているところです。ただいずれも、生態にあたえる影響をシミュレーションする予測技術が必要になるため、技術的なハードルは高くなります。

波エネルギーを収穫する動揺抑制船

研究のすそのを広げる

最後にもう1つ、現状での課題を挙げると、それは研究者の育成です。
私自身、シミュレーションから構造物までいろいろな研究テーマに取り組んできました。洋上風力発電の環境アセスメントについても取り組んでいますし、例えば、潮流発電タービンへの魚の衝突が世界的に緊急度の高い課題となると、私の研究室でも実験を行い、学会の研究委員会の委員長として報告書をまとめるなどということもしています。
ただ、このようなことは私に限ったことではなく、周りの先生方も似たような感じです。海洋工学や海洋環境の研究者が少ないため、どうしても1人の研究者が掛け持ちしてやらざるをえません。
生簀のような水産関係の構造物の研究も、専門の先生がほとんどいらっしゃらなくなり、今は、国の研究期間や大学と連携して、なんとか研究のすそのを広げていこうとしているところです。
そもそも、浮体構造物の研究というのは独特の学問で、研究者が少ないです。
これは、日本では船舶工学や海洋工学を扱う学部や大学院を持つ大学が限定されているためです。一方で、最近はゼロエミッション船や自律運航船の研究が盛り上がりつつあります。さらに洋上風力への関心が高まっていますし、海底資源開発など新しい分野も出てきていますので、船舶工学や海洋工学の研究者が求められています。
今が我慢のしどころだと考えて、私自身も複合養殖や深層水利用など新たなテーマに取り組んでいきたいと思います。

北澤研究室:http://mefe.iis.u-tokyo.ac.jp/index.html

(2023年1月11日 東京大学生産技術研究所 北澤研究室において 取材・構成:田中奈美)

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