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2023.05.22

自動運転技術から、人と機械の相互作用を考える(上)|中野公彦

#「未然課題」連続インタビュープロジェクト #自動運転 #衝突被害軽減ブレーキ #人間と機械のインタラクション

「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#12 中野 公彦

東京大学生産技術研究所 教授|機械生体システム制御工学

2023年4月、改正道路交通法の施行にともない、自動運転レベル4がスタートしました。これにより、特定の条件付きながら、公道で無人の完全自動運転が実現しました。しかし完全自動運転にはさまざまな課題もあります。
中野公彦氏は長年にわたり、人間と機械のインタラクション(相互作用)をテーマに、自動運転の制御について研究してきました。中野氏に、自動運転の歴史と技術的課題、そして社会の反応の不確かさという未然課題についてうかがいました。

自動車の制御技術の幕開けに

私は、機械工学の中の力学と制御を専門としています。研究分野に「機械生体システム制御工学」という名称をつけましたが、少々わかりにくいため、一般向けには「モビリティの計測と制御」という表現を使っています。
私はもともと、東京大学で博士課程までは自動車のアクティブサスペンションのような振動制御などの研究していました。その後、山口大学に移り、医学部との共同研究に従事したのち、2006年に東京大学に戻ってからは、生産技術研究所で新たに上述のモビリティの計測と制御の研究を始めました。
当時、自動車の制御技術は運転支援のフェーズに入りつつあり、衝突被害軽減ブレーキが出始めたところでした。
自動運転のフェーズにはレベル1から5まであります。レベル1が上述の運転支援技術の搭載、レベル2は部分的な運転の自動化、レベル3は条件付きの自動運転、レベル4が特定条件下での完全自動運転、レベル5が完全な自動運転です。
特にレベル2まではあくまでも運転の主体は人間で、ドライバーによる監視が行われます。このため、事故が起きればドライバーの責任となります。
レベル3からは機械主体で、システムによる監視となりますが、レベル3ではドライバーが搭乗し、自動運転が続行不能になった場合、運転の権限はドライバーに譲渡されます。さらにレベル4からはドライバーなしの完全自動運転となります。
衝突被害軽減ブレーキは一般に、自動ブレーキといわれることもありましたが、「自動で止まる」という誤解をあたえやすいということで、正式には「衝突被害軽減ブレーキ」と称します。つまり、減速はしますが衝突の可能性もあり、その被害を軽減するというものです。

中野公彦氏

人間と機械の相互的かかわりを研究する

このような運転支援技術の開発にあたり、議論されたことの一つは、機械が機械を制御する際、人間の操作に機械はどこまで介入してよいかということでした。例えば、たまたま風で飛んでいたビニール袋を、機械が障害物として誤検出し、急停止して後続の車が衝突した場合、道路交通法上は後続車が悪いということになるのですが、そもそも機械が車を止めなければ、その事故は起こりませんでした。
そこで、障害物を検知してもすぐに止めるのではなく、まず警報を鳴らし、あくまでも人間の操作を促したうえで、それでも人間が車を止めなければ減速に入るというコンセプトから、衝突被害軽減ブレーキが開発されました。
これにより衝突を避けられなかった場合でも、衝突時の速度が時速30㎞程度であれば、少なくとも死亡事故が起きる可能性を軽減できます。
また、当時のもう1つの議論として、自動でブレーキがかかるとなると、ドライバーは集中力を失うのではないかという懸念もありました。
そのころはまだ、人間の操作に機械が介入することについて、非常に強い抵抗があり、特に、自動車のような少し間違えば事故になりかねない領域へ、制御を入れることには慎重でした。
こうした背景から、制御の分野で特に注目されていたテーマが、人間と機械のインタラクション(相互作用)です。機械の側だけなく、ヒューマンファクターについても考えていく必要があると認識されるようになり、自動車の制御をフィールドとしていた我々世代の間でも、人間工学を取り入れるようになりました。
そこで私は、新たなテーマとして自動車制御を研究するにあたり、人間についても知る必要があるという考えから、冒頭の「機械生体システム制御工学」という名称を考えました。

衝突被害軽減から運転支援へ、自動車の予防安全技術の転換

自動運転のフェーズが大きく変わり始めたのは2010年代のことです。1つの変化は、ボルボが自動ブレーキを開発したことでした。それまではあくまでも衝突被害を軽減するブレーキでしたが、やはり事故を起こさない車のほうが、商品価値が高いと認識されはじめました。ただ、自動ブレーキが認められるまでには、時間がかかりました。
最初にヨーロッパで承認され、その後、日本でも認めるようになり、日本メーカーの車に初めて搭載された自動ブレーキは、スバルのアイサイトです。これは、カメラで距離を測定し、停止まで行うというコンセプトで、非常に売れました。
このような技術を予防安全技術というのですが、実はそれまでこのような安全装置は売り上げ増にはつながらないと思われていました。事故が起きようとする時にしか使わない装置に、高いお金を出してまでつける人はいないので、義務化でもしないと普及しないと考えられていました。
ところが、オプションで10万円以上したアイサイトをほとんどの人が購入したため、すぐに標準装備になりました。さらにこれがきっかけとなって、自動運転支援技術を搭載したほうが、自動車としてより完成度が高くなり売れるという認識に変わっていったのです。 また、統計的にも予防安全技術を搭載している車のほうが、事故が減ることが示されるようになりました。さらに、高齢者の事故が社会問題となりつつあったことも重なり、事故を起こしたくないという感情がより強まっていきました。このような経緯で、今は多くの車で予防安全装置が標準装備となっています。

操作の主体は人間か機械か

こうしたなか、私が一貫して取り組んできたテーマは、上述の人間と機械のインタラクションです。機械は指示されたプログラム通りに動きますが、そこに人間が介入した場合、人間と機械が相反することがないようにする必要があります。それを踏まえ、どのように系(システム)を安定させるかという設計論が求められます。これをシェアドコントロールと称し、長く取り組んでいるテーマです。
現在の自動車の設計思想では、主体は人間で、人間の判断が必ず優先するようになっています。このため、運転支援装置は自動運転装置も含め、人がいつでもオフにできることが条件です。
2016年、ニッサンのセレナに、高速道路の同一車線ではほぼ操作をしなくても走行できるレベル2の運転支援装置が搭載されました。ただこれもドライバーが自動運転支援装置をオフにできる設計となっています。
実はコントロールの主体を人間にするか機械にするかは、長く議論されてきたテーマです。航空機ではかなり以前から自動運転が導入されており、機械主体のシステムも搭載されていました。しかしそれによる事故もありました。
代表例は1994年の中華航空140便墜落事故です。当時のエアバスは機械が主体でした。ところが着陸態勢に入った際、パイロットの操作ミスから、パイロットは着陸させようとしているのに、システムは上昇しようとしているという状況が発生しました。そして、パイロットが着陸操作をやめると、システムにより機体が一気に上昇したのち墜落しました。
このことが非常に大きな教訓となり、その後、人間と機械が相互的なやりとりを行うHMI(Human Machine Interface)の分野では、人間と機械が喧嘩してはいけない、人間を主体とするべきだという流れになりました。
この考えが自動運転にも取り入れられています。特に自動車の場合、道路には歩行者もいますし、予測不能なことも多く、人間の高度な判断でなければ難しいということもあります。
しかし近年は、高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違えなどによる事故が増加し、事故を減らすためには機械主体の仕組みも取り入れていかなければならないという議論も行われています。機械主体とするにしても、それをどのように入れていくかは今後の課題ですし、機械の信頼性にも関わります。

自動運転における事故の罪は誰が負うか

機械主体のコントロールは、技術的には可能です。問題は、テストコースでありとあらゆることを試して問題がないとされたとしても、全国のあまたある公道で、人がどのように飛び出してくるかまで100%想定するのは不可能だということです。
ですから、機械主体の車を自動車メーカーが開発しても、それが市場に出たあとどのようなことが起こりうるかはわかりません。100万回に1回か、1000万回に1回しかないような事故でも、起きる可能性は永遠に捨てきれないのです。そして万一事故が起き、裁判にまでなると、自動車メーカーが敗訴する可能性があります。
実際、テスラは自動運転に関連した事故で、アメリカでいくつか訴訟を抱えています。また、日本では東名高速で、テスラ社の乗用車がレベル2の自動運転中に事故を起こすということがありました。
高速道路で止まっていたバイクを、自動運転システムが検知できず、本来はドライバーがブレーキを踏まなければいけなかったのですが、そのまま衝突し、死亡事故となってしまいました。
これによりドライバーは有罪判決を受けましたが、日本での結審後、今度はドライバーがアメリカでテスラ本社を訴えるという事態に発展しています。どのような司法判断となるかは国によっても違いますし、成り行きに注目しているところです。
このような状況ですので、機械主体の仕組みを取り入れ、万一、事故が起きたとき、責任の所在を明らかにすることは非常に難しく、これも議論されているテーマの1つです。

(2023年1月11日 東京大学生産技術研究所 中野研究室において 取材・構成:田中奈美)

自動運転技術から、人と機械の相互作用を考える(下)」に続く

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