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「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#01 林 憲吾

東京大学生産技術研究所 准教授|都市居住空間史

オープンエンジニアリングセンターでは、「都市に向けたテクノロジーから、非都市、低密度なくらしのなかのテクノロジー」と「目前の課題への取り組みから、未然課題の抽出へ」という2つの視点の転換をテーマに、生産技術研究所所属の研究者のインタビューを掲載してゆきます。
第一弾では、都市居住空間史を専門として、さまざまな分野の専門家と共同プロジェクトを進めている林憲吾さんに、地域生態圏活用型社会やチーム作り、さらに未然課題について、お話をうかがいました。

地域生態圏活用型社会とは

私の研究室では、地域生態圏活用型社会の構築という取り組みを行っています。これは、気候や生業、都市形態などの指標から世界を6つの地域生態圏にわけ、各地域特有の文化、歴史、自然資源を積極的に活用していく社会を考えるというものです。
地域生態圏という言葉はもともと、建築史学者の村松伸さんたちと、総合地球環境学研究所でメガシティ・プロジェクトを行った際につくった言葉です。和辻哲郎の『風土』や梅棹忠夫の『文明の生態史観』などの考えをベースにしています。
近代以前の社会では、地域間に圧倒的な格差がありました。各地域の条件に適応して建築や都市をつくらなければならなかった。近代は、それを技術で乗り越えようとした時代だったと私は考えています。もちろん格差は残っていますが、大都市でしか享受できないことは随分と減り社会全体としてたしかに豊かにはなりました。
しかしその代償として、世界各地で都市化が進み、社会や文化が均質化して、地域の多様性や魅力が失われつつあります。こうした問題に対し、私の研究室では、文化や歴史を含む各地域の生態圏の特質を制約ではなく資源と捉え、そこから他地域では得難い価値を生み、地域を超えて共有する、そんな社会の可能性を探っています。

都市地域生態圏

都市と非都市、低密度社会への新たな発想

例えば、日本の地方では、都市的なサービスが浸透しました。大都市ほど便利ではないものの、それなりにインフラが整い、生活も便利になり、大都市と農村で享受できる環境の重なりが大きくなりました。
しかし、どこもかしこも均一の環境になる必要はありません。むしろ、その地域の価値観を保つことの方が、社会全体として豊かになります。というのも、旅行などを含めた移動も活発になったからです。もちろん新型コロナウイルスの流行で状況は少し変わりましたが、移動によって私たちは、様々な地域の環境を体験できます。つまり、各地域が環境の差異を保持している方が、一つの環境のみで生きていたときよりも、より豊かに、環境の価値を得ることができるのではないか。それが地域生態圏活用型社会の考え方です。
ただ、日本の場合、一つの問題は、人口の少ない低密の地域です。今までのやり方ではインフラを維持することが困難です。従来、日本では、上下水道も電気もあまねく全土に提供する方針をとってきました。しかし今、その維持が難しいところは、住民に土地を離れてもらい、ある程度インフラを維持できる規模に再編する方向に進みつつあります。コンパクトシティはまさにこの発想です。
でももし、そのような低密度地域が、従来の方法とは異なるやり方で、必要最低限の都市で得られる快適性を維持できるとしたら、低密度の社会を切り捨てず、環境の多様性も保持できるかもしれません。

林憲吾氏

伝統的性能と現代的要求の差をテクノロジーで埋める

地域生態圏活用型社会の具体的な取り組みの一つとして、私たちの研究室では、アラビア半島のオマーンで伝統的な石造家屋の保存改修プロジェクトを進めています。オマーンは非常に乾燥した地域生態圏に属し、建築の素材も日本と異なり石や土がベースとなります。しかし、私たちが関わっているサラーラという都市は、乾燥地なのですが、サイクロンが襲来し、雨がよく降る時期があるので、そのような素材の建築は壊れやすいという問題があります。
現在では多くの人がコンクリートの住宅やアパートで暮らし、石や土でできた伝統的な住まいは放棄され、荒廃が始まっています。こうした従来の用途を失った伝統建築をテクノロジーも活用しながら、次世代の建築に変えていこうというのが、このプロジェクトの目的です。建物を文化財として残すだけでなく宿泊施設などの新しい利用ができるよう改修を想定しています。そのため、現代的な利用を前提とする必要があります。伝統的な建築の構造や性能と、現代の使用方法に求められる構造や性能には大きなギャップがあります。つまり、地域固有の歴史や文化を維持しようと思うと、従来のやり方だけでは難しく、新たな技術をとり入れる必要があります。これは、私たち歴史家だけではできず、さまざまな分野の専門家の助けを借りています。

メンテナンスをデザインする

このように、「ローカル性を維持しつつ、現代の要求にもこたえる」という問題を解くことは、普遍性を追い求めてきた近代以降の技術開発とはやや方向性が異なります。しかし、徐々にこの問いは重視されてきており、実際、建築界では、地域に根差した材料を使いながら、性能としては現代的な要求を満たすということが、かなりスムーズに行えるようになってきました。
しかし、利用やメンテナンスについても同様のことを考えなければなりません。一例として、研究室の学生たちが宮崎県栗原市で行っている、長屋門という伝統建築の改修プロジェクトでは、茅葺の屋根をどうするかという点で合意がとれていません。栗原市には長屋門が500棟以上残る珍しい地域ですが、現在、茅葺の屋根が残っているのは3棟ほどで、そのうち1棟を、改修しようとしているところです。
伝統的な建造物を歴史の面から見たとき、どこを残すかという価値判断を行うことは、歴史を研究する私たちの役割の一つだと考えています。ですから、長屋門の茅葺屋根もどうにか残せないかと思うのですが、使う側の利便性や社会の変化を考えると、従来の方法でメンテナンスするのは困難なわけです。
そこで近年、しばしば行われている取り組みは、大学生など地域外の人たちが一時的に集まり、ワークショップしながら、定期的に葺き替えるというものです。かつて、茅を葺くという作業は、ローカルの人たちの結びつきを強めるという役割もあったわけですが、それを外から来る人とローカルの人たちとの接点とする新しいプログラムとして組めたなら、茅を維持できるかなと考えています。

長屋門ステイプロジェクト

伝統的社会のしくみを活用する

さらに、モノだけではなく、伝統的な社会のしくみを資源として活用することも考えられます。インドネシアのジャカルタにはカンポンと呼ばれる自然発生的なインフォーマル居住地があります。その多くはオランダ植民地期から続く歴史的な居住地でもあるのですが、私の研究室では、それらを「百年カンポン」と名付けて、持続の仕組みやコミュニティの特質を調査、研究しています。
第二次世界大戦後、インドネシアが独立すると、農村から都市に大量に人が流れ着くなかで、住宅供給が追いつかないという現象が生じました。日本でも同様の現象がおきましたが、日本の場合は公団による住宅供給や、住宅ローンと民間による住宅建設という基本的にはフォーマルな仕組みで住宅不足を解消してきました。
一方、インドネシアの場合、土地や建設に関する法の支配が緩く、カンポンではこれまで、ローカルの住人たち同士がお互いに了解しながら市場とは別の論理で土地の譲渡や売買、建物の建設を行ってきました。つまり知り合いだから土地を安く譲ったり、その土地に自分たちで建物を建て、周りの人がそれを違法建築だと認識しないことで、その住宅が成立するというように、ある種のインフォーマル性が、人の住む場を供給したといえます。
これらの方法は近代の都市計画では是正すべきもの、あるいは改良すべき対象として見られています。カンポンでも土地の合法化は進んでいる状態です。しかし、市場経済や現在の法制度とは異なるガバナンスの仕組みを完全に排除するのではなく、地縁の強いローカルコミュニティの信頼を活かした地域づくりや街づくりを目指すことができないかと考えています。

百年カンポン

建築を読み解くリテラシーをあげる

ただ、どのような歴史や文化の活用も、専門家が問題意識をもって取り組むだけでは成立しません。一般市民や次の時代を担う若い世代の興味関心を高めていくことも大切です。
私たちはよくリテラシーという言葉を使います。リテラシーはもともと読書きの能力のことですが、建築においてもそれを理解したり、「いいな」と思う能力、さらには建築をどう使っていくかの想像力が大切です。
そこで、建築を読み解くリテラシーの向上を、テーマとしたプロジェクトをいくつか行ってきました。その一つが、「BOKUCRA」という共同プロジェクトです。これは、Minecraftというデジタル版のLEGOのようなゲームを利用して、通信制の高校生たちが歴史的建造物である大丸心斎橋店を復元するという試みでした。
このとき意識したことは、建物に興味がない人に、どのようにしたら建物に関心を持ってもらえるかということです。私たち建築史の研究者は「この建物がすばらしい」「すごく価値がある」と説得することで、興味を持ってもらうというやり方を行いがちです。でも、建物とは全然違う入り口から、「これ楽しい」と始めた結果、建物に興味を持つという方法もあるのではないかと考えました。
実際、このプロジェクトでは、Minecraftが好きな生徒たちが集まって、建物のことは全く知りませんでした。しかし、みんなで作り出すと、「きちんとした比率で作りたい」「あそこのディテールがどうなっているか気になる」といろいろ凝りだしました。図面を詳しく見たり、大丸で働いていた人や、大丸を設計した事務所の方から話をうかがったりして、出来上がったものはかなりの高精度で、大丸の方や設計事務所の方もびっくりするくらいでした。逆に、大人たちからリスペクトされるという高校生にとって貴重な機会になりました。
そのような形で、入り口の動機は異なっても、一緒にやっているうちに、他の人の話に耳を傾けたり、新たなことに足を踏み出したりして、少しずつ建物への関心やリテラシーが上がっていくのはないかと思います。一見つながりそうにない人たちをつなげる。建物やまちについて、そうした輪が広がる仕掛けを作っていきたいと考えています。

Minecraftで大丸心斎橋を復元するBOKUCRAプロジェクト

異業種の共同が、新たな価値を生む

また、これまで紹介したどのプロジェクトでも、様々な分野の専門家に関わっていただいています。例えばオマーンのプロジェクトは、もともと、先史時代を専門としている日本人考古学者の方から声をかけられました。その方も、現地の大学で建築を研究している専門家から、伝統建築の保存や保全を行いたいと相談を受けて引き受けたのですが、建築が専門ではない。そこで、当時同僚だった私を誘ったのですが、私は歴史が専門です。保存や保全に関わる技術的解決はできない。なので、今度は私が構造や環境、設計などの専門家に声をかけて、共同プロジェクトがスタートしました。
最近は、社会学や民俗学の専門家にも声をかけ、単に建物を残すだけではなく、ローカルの人々が伝統建築をどのように保全していきたいのか、現地のニーズを掘り起こすということも始めています。ローカルな歴史や文化に加えて、現地の人々の生活や価値観、さらに伝統建築を現代の環境に合わせていくためのテクノロジーやデザインを扱うメンバーも揃い、なかなか面白い体制になってきています。
では、こうした理想的な異業種の体制を他のプロジェクトでもつくっていくために、何が必要かと考えたとき、実は、「誤解」ではないかと感じています。専門家といえども自分の庭以外のことはあまり知りません。そうすると、建築のことは何でもできると思って話が来るわけです。
そこで「できません」と断ったりせず、誤解をうまく利用して、「自分はここはできないから、誰かに声をかけて一緒にやろう」と、横に広げていくのが大事だと思います。自分に欠けているものを見つけることによって、さまざまな立場の人が互いにリスペクトしながら共同研究を実現することができ、そこから新たな価値も生まれるのではないでしょうか。オープンエンジニアリングセンターもそのような場であるべきでしょう。

未然課題は「コミュニケーション」

ただし、オープンで立場が異なる人が参加する場では、事は一筋縄に運びません。オープンエンジニアリングセンターのテーマの一つである「未然課題」を考えると、それは「いずれ喧嘩します」ということかもしれません。でも、喧嘩というのは悪い意味ではありません。逆にそのような議論ができない研究チームは、結果的にはあまり新しいことを生まないような気がします。
冒頭で紹介したメガシティ・プロジェクトは、分野の異なる専門家が何十人も参加していました。喧々諤々と論を交わすのですが、そもそも価値観も使用する言葉も違うので、はじめは会話が成り立たないこともあります。基本、喧嘩になります。それはもちろんよい意味での喧嘩です。
ただ、一通りそのような体験を粘り強くやると、他の分野の方の言葉やロジックを理解できるようになりました。その結果、「それは十分に理解できるですが、このアイデアを切り捨てないためにはどうすればよいでしょうか」という対話になり、異なる分野の専門家との議論を面白く感じられるようになりました。
こうした経験を踏まえ、今は、自分一人の力で、深く明らかにしていくより、いろいろな知恵者たちが集まって、何か新しい考え方を共同で作っていく在り方のほうが楽しいと感じています。ですから、私はなるべく、異分野の研究を「わからない」と思わないようにしていて、わからないなりに、自分の専門の分野とどうつなげられるか、あるいは他の分野の何とつなげたら面白い展開になるかということを意識するようにしています。
よく「融合」ということが言われますが、相手の学問のことを積極的に理解しようとする心意気がないと、他の学問との融合は難しいと思います。相手の研究の面白さを代わって自分が語れるほどに、相手に興味を持つことができると、融合はずいぶん変わるのではないでしょうか。こうしたコミュニケーションの問題を超えたところに、課題解決への道が生まれるのだと考えています。

関連サイト:林研究室|https://hayalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

(2022年6月14日 東京大学生産技術研究所 林研究室において 取材・構成:田中奈美)

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