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「未然課題」連続インタビュープロジェクト

インタビュー#03 松山 桃世

東京大学生産技術研究所 准教授|科学コミュニケーション

生物の研究者から科学コミュニケーションの道に進んだ松山桃世先生は、生産技術研究所で開発されている萌芽的な技術への期待や社会実装される際の多様な課題を、一般市民の視点から抽出し、研究現場に届けるというプロジェクトを進めています。
哲学対話という形式で行う新しい科学コミュニケーションのかたちや、松山先生が考案した「ひみつの研究道具箱」のカードゲーム、そこで抽出される「未然課題」について、うかがいました。

多様な声を研究現場に届けたい

私が所属する生産技術研究所(生研)は、設立当初から科学技術の社会実装に力を入れてきた工学系の総合研究所です。「もしかする未来」というスローガンをかかげ、次の世界を作る技術を生み出しています。私はここで、科学コミュニケーションの研究と実践をおこなっています。
科学コミュニケーションが指し示す範囲は幅広く、さまざまな活動が含まれます。そのなかで私は、人々から多様な視点を抽出し、それを生研の研究現場に届けることを目指しています。それによって、いろいろな立場の人たちが暮らしやすい社会をつくる技術開発に繋げたいと考えています。
アカデミアは属性の偏ったコミュニティとなりがちです。性別だけみても、例えば工学系には女性が少ない。どこも女性を増やそうと努めていますが、1年後に改善するような特効薬は見つかっていません。
そのような環境下では、研究者が「このような社会がよいだろう」と考え、技術開発を進めても、研究現場にいない人たちの暮らしに目が届きにくいという課題があります。私は科学コミュニケーションを使って、研究開発の現場と普段接触のない人々の声を拾い、現場に届けたいと考えています。

東日本大震災という転機

私は、もともと生物の研究者でした。線虫C. elegansと呼ばれるモデル生物を対象に、生殖細胞の発生を研究していました。出産を機に転職し、日本科学未来館で科学コミュニケーターの仕事を始めました。働き始めた当初は生物研究の魅力を紹介しようと、さまざまなイベントや展示の企画を行っていました。
ところが、大きな転機となる出来事が起きます。東日本大震災です。未来館には「放射線はどこまで大丈夫か」「母乳への影響はどうか」「水を飲んでしまったが大丈夫か」「原子炉はどうなっているのか」など、それはもう悲鳴のような問合せが届きました。
未来館の科学コミュニケーターは、科学技術の魅力や研究活動の実際をよりよく伝え、これからの科学技術のあり方を市民一人ひとりとともに考えていくことを目指すという役割を担っています。このような非常時にこそ科学を伝えるべきはずが、うまく役に立てていないことを、とてももどかしく思いました。そこで未来館が立ち上げた特設ウェブサイト「科学コミュニケーターとみる東日本大震災」で、私は生体への放射線の影響に関する情報発信を担当しました。
それまでは「生物はこんなに面白い」などと楽しく紹介していたのに、そのような場合では全くなくなり、私は初めて、科学や技術が何のためにあるのかを、身をもって考えるようになりました。
私たちは学校で生物学を学びます。しかしそれらは、教科書の中の知識にとどまり、放射能から身を守るためにどうしたらよいか判断する際には、ほとんど役に立っていないように感じました。生物に関連した知識や技術は、自分がいかによりよく生きるかという知恵にも直結しているはずです。どうしたらそのことを感じられるのか、どのような切り口で生物学を参加者とともに考えたらよいかと、悩みました。

松山桃世氏

多様な視点の抽出と共有の場をつくる

そこで、東日本大震災のあと、花粉症に効果のある遺伝子組み換え米や出生前診断を切り口に、科学的な知識や情報を短く伝え、来館者にコメントを求めるイベントやミニ展示を行いました。
すると興味深いことがわかりました。出生前診断などの新しい科学技術を受け入れるか否か、どのように社会に組み込み、どう付き合っていくかを考える上で、他人の視点や考えが、科学技術の知識よりもむしろ大きなインパクトを持つということです。
これはもう、科学技術だけを翻訳をしているだけでは不十分だ、と思いました。関連する法律や社会のしくみ、価値観も含め、みなで考え、共有する場を作ろうという方向へ、科学コミュニケーションの目的が変わっていったのです。

科学に興味のない人々の声を聞く

生研では、さまざまな萌芽的技術が研究されています。これらが導入された社会について、専門家と一般市民が一緒に考える科学コミュニケーションの試みを、JST(科学技術振興機構)が主催するサイエンスアゴラなどで行っています。
初めて参加した「サイエンスアゴラ2018」では、生研の中野公彦先生に自動運転、森本雄矢先生にサイボーグ、芳村圭先生に洪水予測についての知見を紹介頂き、ポスターの前で参加者と話して頂きました。
イベント前は、参加者が萌芽的技術を多角的に捉えることができれば成功と考えていました。しかし、イベント終了後に登壇者から「ここでいろいろな人と議論できてよかった」「準備の負担があったが、それよりも得られるものが多かった」とコメントがあり、研究現場こそ、この多様な声を求めているのだと感じました。
現場に最も大きなインパクトを与えるのは、研究現場から離れたコミュニティの人たちの考えであろうと考えました。科学技術に興味のない人たちをどう巻き込み、どんな声を回収するか。そこで始めた試みの1つが、「哲学対話」の形式を使った科学コミュニケーションです。

哲学対話による科学コミュニケーション

哲学対話でELSI(倫理的・法的・社会的課題)を考える

これから社会に入ろうとしている技術の1つに「自動運転」があります。社会実装の過程で、「事故が起きたら誰の責任になるのか」「コストはどうするか」などが問題になると考えられています。まだ社会に導入されていない萌芽的技術が社会に入ったとき、起こりうる問題の論点を、倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字をとって、ELSIと呼びます。
これまで、自動運転技術のELSIに関しては、アンケート調査で既出の論点に関する人々の意識を探るとともに、ステークホルダー間での議論が重ねられてきました。しかし、「モビリティについて無関心な状態での消費者への情報収集や実証実験では、十分な実態情報が得られない」「消費者ニーズや地域特性のきめ細かい把握が求められる」といった指摘もされており、マイノリティやローカルな背景に寄り添い、じっくり考えた上で情報を収集する手法も求められていました。
そこで、自動運転をテーマに据えた哲学対話を試行してきました。哲学対話とは、特定のテーマについて参加者が問いを重ねながら、テーマと自分の意見の根底にある暗黙の前提(認識や判断や価値観)の理解を深める対話手法です。教育目的や課題解決目的、参加者間の信頼感の醸成を目的とした企業研修にも活用されています。
哲学対話のファンも多く、全国各地で「好奇心とは」や「差別とは」などをテーマにイベントが開催されています。哲学対話は、参加者自身が問うべきこと(論点)を探し、個人の経験や価値観に基づいて語り合うという形式のため、専門家が想定する論点を、市民の視点から補完することができるのではと期待したのです。
実際に、公共交通が不十分な地域で自動運転について哲学対話を行うと、東京とは異なった論点が出てきますし、弱視の方と対話をすると新たな論点に気づきます。今後も、哲学対話で複数の萌芽的技術のELSIを考えていく予定です。

社会実装する前に市民と対話を行うことの意味

専門性の高いテーマについて、一般市民に説明するのは難しいと悩む専門家にお会いすることもあります。しかし前述の花粉症緩和米や出生前診断なども、DNAがどのような物質かというところまでさかのぼらずに、話をすることは可能です。
対話をするために、どこまでの知識が必要かを考え、情報を削いでいく作業も、科学コミュニケーションには必要です。相手が持つ疑問や関心を理解し、切り口や話の流れを工夫する必要があると考えています。
また、ある科学技術に対して期待のみを抱いていた参加者が、対話の後に懸念を示すことも多くあります。この結果を見て、その技術の社会受容性が下がったため、イベントは失敗だったと考える専門家もいます。
しかし、私の目的は、対話をとおして参加者の受容性を高めることではありません。科学技術が社会に入ることで起こりうる課題のうち、開発者が把握していないものを見つけ、開発段階であらかじめ対応策を整えることができれば、最終的に社会受容性の高い技術が生み出されるのではと願っています。
では、技術がどのような段階にあるタイミングで、対話を行うのがよいでしょうか。研究や開発の軌道修正をしやすいという意味では、早い段階で行ったほうが良さそうですが、あまりに早い段階で話をすると、イメージがわきにくいという問題もあります。自動運転の場合は、すでに運転支援技術が導入されているので、イメージしやすいですが、例えば地球規模で環境に影響を与えうるジオエンジニアリングといったトピックスでは、何が起こるかピンときません。
それでも、そもそも人間が気象をどこまで操作して良いのかといった、メタなレベルの議論は可能でしょうし、ある技術について磨かれた論点が後続の技術の議論の参考になるかもしれません。あちこちで様々な分野の技術について対話が起き、その内容が共有される状況になれば、と思っています。

生研の最先端技術をカードゲーム化した「ひみつの研究道具箱」

哲学対話以外にも、科学技術に興味のない人たちも巻き込み、考えを集めることを目的に、「ひみつの研究道具箱」というカードゲームを使った科学コミュニケーションを行っています。これは生研で研究中の最新技術を紹介したもので、表には技術の名前、裏にはその概要と用途例が記されています。
カードは全部で52枚あり、参加者はこのうち5枚のカードの技術を組み合わせて、与えられたピンチを切り抜け、そのアイデアを競います。カードを持ち寄って、みなで協力してピンチを切り抜けるゲームにも使えます。
ピンチの内容やルールは、ゲームの参加者や目的によってアレンジします。小学生の場合は、「ある日、登校したら、体育館が全部吹き飛ばされていた」「クラスメイトが全員知らない顔だった」などSF的なピンチを設定し、ゲームを通して「新しい技術がこんなにあるんだよ」ということと、「技術の使い方はあなたが考えていいんだよ」というメッセージを伝えています。
中学生や高校生の場合は、SDGs目標を達成する具体的な方法を「ひみつの研究道具箱カード」を使って考えるワークショップを行いました。また、大人の場合は、例えば北海道函館市では、「気候変動で特産の農作物が取れなくなった」というピンチの解決法や、まちの魅力を向上するプロセスを地元の人々に考えていただきました。
参加者が大人でも子どもでも、技術を正しく理解することを強制はしません。カードはドラえもんの道具くらいに考えてもらい、既成の枠組みや常識にとらわれず、SFのような「現実にはない」技術の使い方を思い描くことを楽しんでいただきます。

SDGs目標を達成する具体的な方法を「ひみつの研究道具箱カード」を使って考える

エナジーハーベスティングにフォトニック結晶……、52枚のカードが生まれた背景

「ひみつの研究道具箱」の誕生のきっかけは、生研設立70周年を機に、戦後のロケット開発の推進を支えた自治体と生研がコンソーシアムを設立したことでした。その際、生研の豊富な研究トピックスを可視化し、地元の人たちと一緒に、社会課題の解決方法を考える場を作ることができたら、新たな連携が生まれるのではないかと考えました。
ゲーム形式にしたのは、技術に興味のない方も巻き込むためです。ワークシートを活用することで、参加者間でのアイデアの共有やブラッシュアップをしやすくしました。
生研には120以上の研究室がありますが、それらを全てカードにすると、ゲームとしては複雑になりすぎます。このため、自動運転のように、比較的耳なじみはあるものの、まだ社会に実装されていないか、されていても日が浅い25種の技術からスタートしました。
しかし、もっといろいろな技術を知りたいという声が多かったため、普段耳にすることの少ない「フォトニック結晶」や「複合原子層」といったカードも増やし、最終的に52枚となりました。
よく利用されるカードには、例えば「コンピュータビジョン」や「エナジーハーベスティング」、「高速ロボット」があります。「エナジーハーベスティング」は日常生活で生じる振動などの微小エネルギーで発電する技術です。言葉を初めて耳にしたとしても、比較的イメージしやすいのかもしれません。カードについてはホームページ(http://cardgame.iis.u-tokyo.ac.jp/)で詳細を見ていただけます。

ゲームから生まれる「もしかする未来」の新発想

このカードゲームの目的は、研究開発の現場から遠いコミュニティでも楽しく「もしかする未来」を考えていただき、他の人と意見を交わすなかで、さまざまな発想を膨らませていただくこと、そこで生まれたアイデアを研究現場に届けることです。
これまで、教育現場、自治体、科学館などで、30回ほどワークショップを行ってきました。自治体で行ったときは、大人のほうが熱中するくらい盛り上がりましたし、研究者からは分野の垣根を超えた面白いアイデアが生まれます。
中学校の教員研修で実施したときは、「科学技術と人間」や「総合的な学習(探究)の時間」、あるいは道徳の授業などでも使えるのではないか、発想力やコミュニケーション能力をみがくのによいのではないかというコメントもありました。ワークシートやピンチ、ゲームルールの工夫次第で、いろいろな使い方が考えられます。
現在、生まれたアイデアを現場に届けるしくみを設計しています。「ひみつの研究道具箱」のウェブサイトを作り、オンラインでもアイデアを集め始めました。また、これまで回収したたくさんのアイデアや意見を、研究現場で参考にしやすいデータとしてアウトプットする分析軸も検討しています。
今後はさらに、工学の分野に、さまざまな属性の人々を巻き込む「オープンエンジニアリング」につながる科学コミュニケーションを進めていきたいと考えています。

関連サイト:ひみつの研究道具箱|http://cardgame.iis.u-tokyo.ac.jp/

(2022年9月22日 東京大学生産技術研究所 第2会議室において 取材・構成:田中奈美)

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