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2023.04.26
脱炭素がもたらす文明の転換期に、新しいものを生み出す力を考える|鹿園直毅
#「未然課題」連続インタビュープロジェクト #熱エネルギー #カーボンニュートラル #ヒートポンプ #固定酸化物形燃料電池 #素材改革
「未然課題」連続インタビュープロジェクト
インタビュー#11 鹿園 直毅
東京大学生産技術研究所 教授|熱エネルギー工学
2020年、政府はカーボンニュートラルを目指すことを宣言し、日本は脱炭素社会にむけて大きく舵を切りました。これは、化石燃料を前提とした文明から再生可能エネルギー文明への転換とも言えるのではないかと、鹿園直毅氏は話します。
鹿園氏は家電メーカーを経て、大学での研究の道に入りました。燃料も材料も豊富にあるという従来の前提条件が大きく変わるなかで、何が本当に必要か、熱エネルギー工学の分野から模索しています。
鹿園氏にエネルギー分野の現状と産業が直面する問題、その背後にある大きな未然課題と、それを乗り越えるために必要なことについてうかがいました。
カーボンニュートラル時代の熱エネルギー問題
私は日本におけるエネルギー需給を無駄なく効率的に行うための研究をしています。もともと博士課程では基礎的な乱流の研究を行い、日立製作所に就職してからは、エアコンなどの設計に近い仕事に従事しました。その後、ご縁をいただいて大学での研究の道に入ったという経緯です。
現在、エネルギー分野では大きな変革が起きています。政府は2020年、温室効果ガスの排出を2050年までに全体として正味ゼロにする、つまり排出量から吸収量を引いた合計をゼロとするカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。
カーボンニュートラルを本気で実現するためには社会を抜本的に変える必要があります。その一環として、現在、電力自体のグリーン化が進められており、太陽電池や風力発電などの電力関係が非常に注目されています。
しかし実は、エネルギー全体で見ると、日本では需要側の最終エネルギー消費における熱利用が大きな割合を占めています。
簡単にいうと、産業、交通、家庭などで使われるエネルギー全体のうち、空調や給湯、あるいは工場の加工や製造などのプロセスで使われる熱エネルギーが大きな割合を占めているということです。
部門別にみると、産業、民生、運輸の3部門のうち、運輸部門における熱利用は1~2割程度で多くありませんが、民生部門と産業部門では、それぞれの部門で、熱利用が半分かそれ以上を占めています。ですから、カーボンニュートラルを実現するには、この熱利用の改革が不可欠です。
実態が見えにくい熱利用の課題
ところが、熱エネルギーの使われ方は多様で類型化が難しく、規模も様々なので、実態を非常につかみにくいという問題があります。
電気の場合は、電力計を細かく設置し、電圧と電流を測ることで、何にどれだけ電気を使ったかがわかります。今はスマートメーターが各家庭に入りつつありますし、センサーも進化しており、波形を解析することで、どの機器を使ったが分かるような研究も行われています。
一方、熱の場合、温度と流量を測る必要がありますが、電気のようなメーターはなく、特に流量の測定は課題です。たとえばエアコンの吹き出しから温度は測ることができますが、どれだけの空気が吹き出ているかを正確に測ることは簡単ではありません。
現在はJIS規格に沿って決められた装置とダクトを使い、吹き出る風を集めて、どのくらいの量の風が流れているかを測っています。しかし、それらはあくまでもJISで決められた条件での測定で、本当に使用されている条件と同じとは限らず、いわば「想像の条件」です。
例えば暖房の場合、室内温度が何℃の時に何℃まで上げる、冷房の場合、外気が何℃の時に室内を何℃にする、和室何畳の場合はこの程度ということを想像して決めて、その条件で性能を良くしようと頑張って作っています。
このように熱利用は実態の把握が難しいという問題がありますが、それでも家庭用は世帯数や年齢層などで類型化し、ある程度推定することは可能です。より課題となるのは事業所や店舗などで、熱エネルギーをどのくらいの温度で何にどれほど使っているか、あまりオープンにされていないこともあり、実態がよくわかっていません。
このため、熱利用の分野は改革のメスがなかなか入りにくく、電力に比べて対策が遅れています。しかし、これをなんとかしなければ、カーボンニュートラルを実現できないということで、関係者はみな頭を悩ませています。
1つの大きな流れとして、熱のエネルギー源も従来の化石燃料から再生可能エネルギーにしようという方向性があります。現在、進められている電力のグリーン化とセットで、熱利用の電化も行うという流れです。
これにともない、民生部門つまり家庭や事業所、店舗などでは、ガスや石油を使う暖房器具や給湯器から、電気を使うエアコンやヒートポンプ給湯器の利用に変えていくという方向が見えています。ただ、ヒートポンプは後述するように、価格や設備のサイズの面で課題があります。
また、生産工場などの産業部門で使用されているヒートポンプは、大きな工場が単品受注生産したものが多く、規模や能力のスペックを絞り込めません。価格を下げるためには大量生産が必要ですが、現在の状況では仕様を決めることが困難で、この点も大きな課題となっています。
高効率で電気もお湯も作れてCO2排出量の削減が期待できる燃料電池の研究
こうしたなかで、私の研究室では主に固体酸化物形燃料電池(SOFC)と次世代熱機関の研究をしています。いずれも熱利用のデバイスで、熱力学的に損失のないプロセスであることが、研究のきっかけとなりました。
固体酸化物形燃料電池(SOFC)は高温で発電し、発熱するという電気化学プロセスを利用したデバイスです。身近なところでは家庭用燃料電池エネファームtype-Sに搭載されています。エネファームはガスを燃料とした発電装置で、700~800℃で発電し電気を作るとともに、その排熱を無駄なく利用してお湯も作ります。高効率でCO2排出量の削減も期待できます。
SOFCはもともと、大型の火力発電所での使用を目指していました。しかし800℃で発熱しますので、上手く冷やさないと熱がこもります。大型の火力発電所となると、冷却用の空気を大量に流す必要があります。こうした経緯から放熱が楽な家庭用の小型のものが開発され、今はそちらのほうが主流になっています。
SOFCのよい点は、燃料に比較的何でも使えるということです。水素や炭化水素燃料も使えますし、逆に水素を電気分解して作ることもできます。また、合成ガスや合成メタンなどを作ることにも使えます。
このような新しい用途も見えているものの、価格が高いことやサイズが大きいこと、高温なので10年ほどで劣化してしまうなどの課題があり、特にこの劣化に関連した研究をしています。
冷暖房も発電もできて省エネなヒートポンプの研究
もう1つの次世代熱機関は簡単にいうとヒートポンプです。これは環境から熱をくみ上げて、低温でも十分に熱エネルギーを作ることができるデバイスで、身近なところでは、家庭用のヒートポンプ給湯器がエコキュートという名称で販売されています。
ヒートポンプに使われている熱機関の冷凍サイクルという技術は、蒸気発電の逆回しのようなもので、集めた熱を、小さなエネルギーで低温の熱源から高温の熱源へ送ります。このとき熱を運ぶのが「冷媒」という物質で、液体や気体の温度が圧力によって変化するという性質を利用し、冷媒を圧縮したり、膨張したりすることで、温度をコントロールします。
このため、上述のSOFC同様、熱力学的に損失が少なく、冷房に使う冷熱も、暖房や給湯に使う温熱も作ることができ、さらにサイクルを逆回しすれば発電にも使えるというメリットがあります。
ただ、やはり課題もあります。従来のガス給湯器は小型で低価格で、ガスに火をつければすぐに高温のお湯を作ることができました。
一方、ヒートポンプは高額で、非常にかさばり、音がうるさいという問題もありますし、ガス給湯器のように一度に大量のお湯を作ることができないため、夜中に8時間ほどかけてお湯を作りタンクに貯めておく必要があります。
これまでは原発の電力が余る深夜にお湯を作り、次の日に使うという方法で普及してきましたが、今後は太陽光発電の普及により昼間の電気が余るようになると、日が照っている間にお湯を作って貯めておき、夜に使うというパターンへ移行していくと思われます。
ただ、いずれにしても、ヒートポンプもコストやサイズの壁を抜本的に越えないかぎり、大きな普及は難しいでしょう。そこで、従来とは違うやり方で課題を解決する方法がないか、企業の協力をいただきながら研究をしているところです。
永遠の課題「寒冷地の室外機霜問題」に分野を超えた発想で取り組む
ヒートポンプのもう1つの課題として、寒冷地では室外機に霜が作ということがあります。この霜の問題はエアコンの室外機も同様で、私が会社にいた30年以上前からずっと解決できない永遠の課題となっています。
なるべく霜が詰まらないよう、均等に作ように設計したり、ついても溶けやすくしたりするなど、いろいろな対策が考えられてきました。しかし、まだこれといった解決方法はありません。
雪の結晶にいろいろな形があることはよく知られていますが、霜の場合も温度や湿度などの条件でいろいろな形状ができます。さらに、空気が通りにくい壁の近くや空気が通りやすい場所など、条件が雪以上に複雑で、さまざまな形ができるため、対策は非常に難しいです。
そもそも、霜の形を見ようとしても、すぐ溶けてしまうため見ることができません。そこで最近、私の研究室では霜を観察する方法の研究を始め、ようやく見ることができるようになってきました。
この方法というのは、氷の上に樹脂を流して固めて型を取り、それをレプリカにするというものです。これによって、どのような条件でどのような形になるという情報が分かれば、ある程度、予測が可能となり、設計に使えるようになりますし、どのようにしたらよりよくできるか議論することもできるようになります。
実はその解析には、上述のSOFCの技術を転用しています。SOFCは電池で、電極は多孔体です。1ミクロンもないような粒を燒結して作っています。これが10年ほどすると変形し劣化するため、電極の構造を評価する研究を行ってきました。
その過程で、三次元構造を解析する装置や画像処理などさまざまなツールがそろい、これを霜に応用したら面白いのではないかと思い至りました。
いろいろな研究をしていると、時に、分野の異なる領域で共通するものが見つかることがあります。そこから、これまでにない着想を得らえることがあり、それも研究の面白いところです。
脱炭素のための素材改革という大きなチャレンジ
話をカーボンニュートラルに戻すと、脱炭素のためには燃料だけでなく、設備の素材も変えていく必要があります。例えば銅は加工しやすく、熱伝導率がよいことから、さまざまなところで使用されています。
エネルギー分野では、特にモーターや発電機に不可欠です。電力のグリーン化に伴い、増加が見込まれる風力発電の発電機にも使われていますし、上述のヒートポンプにもたくさん使われています。しかし現在、銅は価格が高騰し、長期的には需給が逼迫すると考えられます。
これまでは素材の逼迫などあまり気にせず、材料はふんだんにあるという前提で使用してきましたが、今後はリサイクルできるようなもので、かつCO2排出量の少ないような素材に変えていく必要があります。
そこで、私の研究室ではアルミや樹脂など、従来は腐食や耐圧、耐久性といった信頼性の問題であまり使われてこなかった素材が、本当に使えないかという課題についても、パートナー企業とともに取り組んでいます。
信頼性が多少劣っても、それをいかに補えるかというところがポイントです。腐食や耐圧などは素材を厚くする、コーティングをする、設計で圧力を軽減する、あるいは穴が開きにくいような作り方や形にするなどいろいろ工夫ができます。
ただ、素材が変われば、硬さや曲げやすさなどが変わりますので、製品の設計はもちろん作り方から変えなければなりません。ここに大きな壁があります。
変革のなかで本当に必要なものをゼロから考え直す
日本の技術は、決まった仕様や条件のもと、従来の製品を毎年少しずつ改善するという積み上げの繰り返しで何十年もかけて進歩してきました。このため、素材や燃料などの前提条件のベースが変わり、新たに作りなおさなければならなくなったとき、製品をゼロから開発した経験のある人がいません。
私たちの世代もそうですが、これまでは石油や資源が非常に安く、新しいものを提案しても多くの場合、競争力がないので、作っても無駄という風潮もありました。
一例として、エアコンがそうです。エアコンの歴史をたどると、もともと、富裕層が夏場を涼しく過ごすためのものとしてクーラーが登場したところから始まります。当時、暖房は暖房器具がありましたが、クーラーに暖房機能もつけるとよいのではないかということで、冷暖房兼用のエアコンが誕生しました。
そしてエアコンが高く売れると、クーラー専用機は安売りコーナーにまわされるようになり、廃れていきました。
しかし私は、本当によい冷房機を作ってほしいとずっと思ってきました。今のエアコンは1年を通じた性能で評価するため、使用時間の長い暖房の性能を基準に設計されています。一方、消費者は多くの場合、夏場に冷房として購入しています。
その結果、暖房としても冷房としても中途半端なものとなっているのですが、日本ではそれを長年、疑問に思わずにきてしまいました。
そのようななかで、今はカーボンニュートラルのように制約条件そのものが変わりつつあります。私はここでもう1度、他の分野の先生方と一緒に、本当に必要なものは何かから考え直したいと考えています。
2022年4月には、私がセンター長をつとめる「持続型材料エネルギーインテグレーション研究センター」がスタートしました。
ここではカーボンニュートラルに向けた新しいマテリアルプロセスの開発や、クリーンエネルギー製造・利用のための新技術開発を進めています。
材料、機械、化学、電気、建築といった専門の異なる教員が、連携することを前提に普段から議論していて、ニーズを共有しつつ互いの得意なところで互いを補うことで、新しい技術を生み出せるのではないかと考えています。
社会の根幹が変わる時代を生きのびるために必要なこと
ですから、未然課題としては、社会の根幹が変わり、1度すべてを総入れ替えしなければならなくなった時に、これまでの研究の蓄積だけでは難しいということだと思います。
これまでは、作るものは決まっていました。でもこれからは、何を作るかから議論しなければなりません。しかも情勢が変わるかもしれない、非常に不確実ななかで、何を作ればよいかも決まっていません。
そうした状況で新しいものを作っていくためには、学術界も産業界も、縦割りの状況を打破して、材料や設計などさまざまな分野の方々が関わる必要があります。
では、それを実現するにはどうしたらよいか。これについて私は、自動車産業のやり方を真似ることができるかが、大きなカギとなるのではないかと考えています。 私は長年、家電業界にいましたが、家電は家電、半導体は半導体などと、それぞれの業界が独立していて、お互いのことはほとんど何も知りませんでした。ところが大学に入り、自動車業界のことを知って、全く異なることに驚きました。
車というのはそれ自体1つの家のようなもので、エンジンや安全装置、エアコンやオーディオにいたるまで、さまざまな産業が連携して作られています。しかも、非常に多様な機能を備えているにもかかわらず、1トン100万円、つまり1キログラム1000円という非常に安い価格で販売されています。
自働車産業は物量が大きく、大量に購入するためサプライヤーへの発言力も強く、材料メーカーがその要求に応えるために非常に頑張っているためということもあります。また、エンドユーザーにも近いためどのような商品がよいかを考えつつ、一方で材料のこともよく分かったうえで、サプライチェーン全体を通して非常によい設計をしていて、総合的に非常にうまくできているとも感じています。
他の産業はこうはいきません。少量しか購入しなければ、素材メーカーはそのためのカスタマイズもしませんから、カタログにあるものしか買えません。サプライヤーも、細々としたユーザーのニーズを捉えきれませんから、何を作って良いか分かりません。
自働車のようなやり方を、他の産業でも真似ることができ、縦割りの状況を打破できれば、いまの状況も変わるかもしれません。
あるいは材料メーカーが自動車に適用してきた技術を、他の産業に回してもらい、「技術のおこぼれをもらう」ことができれば、新しい発想で、価格を抑えたものを作ることもできるのでないかと考えています。
これについて私の研究室では、アルミメーカーの協力をいただいて研究を進めているところです。自動車には非常に腐食に強いアルミや強度が高いアルミが使われています。これを他の産業にも使うことができないかという試みです。
文明の転換と不安の先の未来へ
ただ、もう1つの大きな課題として、そもそもカーボンニュートラルを実現するために新たな投資が必要になるなら、事業自体をやめるという企業も出てくるのではないかという懸念もあります。
実際、海外では製造業そのものが衰退してしまっているところもあります。日本でも鉄鋼業などは、非常に大きな投資が必要だとなれば、海外の規制のないところで作るというふうになりかねません。
これは非常に悩ましいところで、日本で規制を厳しくすると、結局、産業が海外に出て行ってしまい、国内には残らない可能性もあります。
ただ、その一方で、以前にはなかった新しいツールが開発されるなどして、今までボトルネックとなっていたところが、急にハードルが下がり、簡単にできるようになることも考えられます。近年は計測装置も進化していますし、機械学習によってできることも増えました。
今はまさにニーズ、前提条件や境界条件そのものが変わるなか、次に何をやるか、それにどれだけはやく手をつけられるかが、競争の根源になっていると感じます。
特に現在は、化石燃料から再生可能エネルギーへの文明の転換点にあるとも言えるのではないでしょうか。これは非常に大きな変化です。カーボンニュートラルは、何もしなくとも実現できると思っている人が多いかもしれないですが、それでは全く達成できません。生活スタイルや考え方、発想もすべて変えて、晴耕雨読のような社会の変革までを考える必要があるかもしれません。
そのように社会の根幹の部分が変わると、そこで使われるすべての機器も変わると思います。少なくとも、そのときに最適な機器は、今我々が使っている機器とは違うものでしょう。ルールが変わった瞬間は不安でもありますが、反対に非常に面白い時代でもあると思います。いろいろな競争が生じ、たくさんのアイデアも生まれるでしょう。
総入れ替えの時代に何ができるか、何をすべきか、私自身も新たな試みに取り組んでゆきたいと考えています。
鹿園研究室:http://www.feslab.iis.u-tokyo.ac.jp/index.html
持続型材料エネルギーインテグレーション研究センター:http://susmat.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/html/members.html
(2023年1月11日 東京大学生産技術研究所 鹿園研究室において 取材・構成:田中奈美)
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